DNA鑑定は拒否できる?(裁判におけるDNA鑑定の裏表)

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離婚や不倫の問題を扱うウェブサイトには、「裁判でDNA鑑定を求められた場合、拒否することができるか」という疑問が多く寄せられます。典型的なものとしては、離婚の調停や訴訟で夫や元夫から嫡出否認や親子関係不存在の確認が申し立てられ、子のDNA鑑定を求められた妻が鑑定を拒否できるかというものや、子の認知を巡る紛争で、子の母からDNA鑑定を求められた男性が鑑定を拒否できるかというものです。妻がDNA鑑定を拒否する理由としては、不貞を疑われたこと自体に対する反発や、子に鑑定を受けさせる屈辱に耐えられないからというものもありますが、多くは、DNA鑑定に応じることによって、子の父親が他の男性であることが明らかになってしまうからというものでしょう。これには、子の父親が誰であるかを妻自身は知っている場合と、妻自身にも分からないという場合があります。

DNA技術の急速な革新により、現在では、人の遺伝的繋がりをほぼ100%の精度で証明することができますから、真実の父親が夫ではないことを妻自身が知っている場合はもちろん、妻自身にも誰が父親なのか分からないという場合でも、鑑定に応じることはできません。したがって、「DNA鑑定を拒否できるか」というのは、確かに重要な問題です。

しかし、裁判における証拠としてのDNA鑑定結果のはたらき方は少し複雑で、「DNA鑑定を拒否できるか」という疑問は、それ自体としてはあまり意味がありません。どのような事実関係の下で、何を争っているのかにより、証拠としてのDNA鑑定の扱われ方が異なるからです。例えば、DNA鑑定があっても裁判では何の意味もない場合がありますし、DNA鑑定がなくても一定の仮定的な事実が事実として認められてしまう場合もあります。したがって、「DNA鑑定を拒否できるか」というよりも、むしろ、「DNA鑑定を拒否した場合、何が起こるか」を具体的に考えてみる必要があります。
そこで、ここでは、典型的な夫婦間の紛争を念頭に、夫から子のDNA鑑定を求められた妻が鑑定を拒否した場合に、裁判で何が起こるかを考えてみたいと思います。

1 嫡出否認の訴えの場合

先ず、嫡出否認という制度が利用される場合を考えてみましょう。妻が婚姻中に妊娠した子、及び婚姻の成立から200日を経過した後、又は婚姻の解消から300日以内に出生した子は、法律上、嫡出子、つまり夫婦の子と推定されます。この推定がある場合に、夫が妻の産んだ子は自分の子ではないと主張するための制度が嫡出否認です。単独の申立てとして行うこともできますし、離婚や財産分与を巡る裁判の中で、夫が養育費の支払いを拒んだり、妻に浮気の慰謝料を請求したりする前提として申し立てることもできます。夫から申立てがあった場合、先ず家庭裁判所の調停に付されますが、妻が子は夫の子であると調停で主張した場合、通常は訴訟に移行します。

夫としては、自分の子でもない子を自分の子として受け入れる必要はありませんから、嫡出否認は当たり前の制度のようにも見えます。しかし、夫が子の出生を知ってから1年を経過すると、嫡出否認はできなくなります。「子の出生を知ってから」と言いましたが、普通は子が出生したその時からということになるでしょう。真実でない父子関係を否定するという重要な権利を、飲み屋のツケと同じ、たった1年の消滅時効にかからせてしまうようなものですから、嫡出否認の制度は、実際には、夫の主張を制限するものとして機能します。

ところが、嫡出否認の訴えにおけるDNA鑑定の威力は強力です。DNA鑑定が人の遺伝的繋がりをほぼ100%の確度で証明できることを裁判所は承認していますから、夫と子に遺伝的繋がりはないという鑑定結果があれば、裁判所は嫡出を否認せざるを得ません。

夫がDNA鑑定の結果を持っていて、それを自ら裁判所に提出する場合でない限り、夫は裁判所に鑑定を申し出ることになります。ここでの鑑定とは、裁判所の命令により、専門的な知識を持つ者に口頭や書面で一定の意見や判断を報告させる証拠調べの形式をいい、裁判所は鑑定が必要と判断すれば鑑定を命じることができます。DNA鑑定の場合、普通は適格な鑑定機関による鑑定が行われます。したがって、子の父親が他の男性であることを知っている、又は自分でも父親が誰だか分からない妻としてはピンチです。かくして、妻は「DNA鑑定を拒否できるか」という問題に突き当たります。

文書や証人尋問による証拠調べと異なり、DNA鑑定の場合、鑑定対象者の人権に配慮する必要があり、特に対象者が未成熟子である場合、法定代理人である母の同意が必要とされますので、母が鑑定を拒絶する場合、裁判所が鑑定を強制することはないと言われています。したがって、「DNA鑑定を拒否できるか」と問われれば、拒否できるということになります。

しかし、夫が嫡出否認を申し立てる場合、妻と性交渉がなかったことや、妻が他の男性と関係していたことなど、それなりの根拠を挙げているのが普通ですから、妻としても、夫の主張に対して有効な反論を加えなければ裁判所は納得しません。DNA鑑定に必要なのは、対象者の口内粘膜を少しだけ採取するという比較的軽微な身体侵襲ですし、現在では費用や期間もあまりかかりません。子が夫の子であるという確信が妻にあれば、すすんで鑑定を受け入れることで、妻は確実に勝訴できます。にもかかわらず、妻が、合理的な理由もなく、頑なにDNA鑑定を拒否する場合、裁判所としては妻の態度を疑わざるを得ません。裁判所は紛争に現れた当事者の主張や証拠を総合して、自由に心証を形成し、判決をすることができますから、夫の主張を認める上で、必ずしもDNA鑑定が必要というわけではありません。夫の主張が認められる可能性は十分にあります。認知を巡る紛争で、子の母からDNA鑑定を求められた男性がDNA鑑定を拒否した場合も同じです。つまり、DNA鑑定結果そのものがそこになくても、DNA鑑定という手段があるということが、裁判上、重要な意味を持ってしまいます。
したがって、妻が「DNA鑑定を拒否できる」としても、拒否することには重大なリスクが伴います。

2 親子関係不存在の確認の訴えの場合

次に親子関係不存在の確認という制度が利用される場合を考えてみましょう。この制度は、親子関係がないことの確認を裁判所に求めるもので、平成27年に光GENJIの大沢樹生さんが訴訟を提起して話題になったものです。嫡出否認と異なり、提訴期限に制限がありませんから、いつでも申し立てることができます。大沢さんの訴訟でも、大沢さんが訴えを提起したのは、子の出生後18年も経過した後でした。

嫡出否認の場合、子に嫡出推定の及んでいることが前提ですが、ここでは、嫡出推定が及んでいるか否かが問題になります。親子関係不存在の確認の裁判も、訴訟の前に家庭裁判所の調停に付されますが、子の出生が婚姻から200日以内であるなど、子に嫡出推定が及んでいない場合、子は夫の子であると妻が調停で主張すれば事件は訴訟に移行し、そこでは嫡出否認の訴えと同様、DNA鑑定が強力な証拠になります。尚、子の出生が婚姻から200日以内ということは、普通の場合、いわゆる「でき婚」で、「でき婚」の場合、嫡出推定ははたらかないなどと言われますが、「でき婚」でも婚姻から200日を過ぎて子が出生していれば嫡出が推定されますから、「でき婚」かどうかが問題なのではなく、婚姻の成立日と子の出生日との間隔が問題です。

そして、先に述べたように妻は「DNA鑑定を拒否でき」ますが、ここでもまた、拒否することにあまり意味はありません。嫡出否認の場合と同様、妻の態度に合理的な理由がなければ、DNA鑑定なしでも親子関係のないことが認められる場合があるからです。

3 嫡出推定がある場合

ところが、これと反対に嫡出推定がある場合には、子は夫の子であると妻が主張して譲らず、調停が不成立となっても、訴訟に移行することはなく、夫が訴えを提起しても裁判所は門前払いにします。何故なら、嫡出推定の効果は強力で、裁判所は嫡出推定のはたらいている親子関係を覆すことを拒絶するからです。つまり、夫としてはもう手遅れです。この場合、DNA鑑定を行えば、確実に子が夫の子ではないことが明らかになるとしても、そもそも訴訟自体が行われませんから、訴訟で証拠となる鑑定をしても意味はありません。ここでは、妻は「DNA鑑定を拒否できます」し、妻の拒絶により調停は不調のまま、そこで終結します。この場合に、子が夫の子でないことを妻が知った上で、確信犯としてDNA鑑定を拒否しても、妻が不利に扱われることはありません。いうなれば、妻が「ほっかむり」しても許されるということです。嫡出否認の訴えや、嫡出推定のない場合とは正反対に、ここではDNA鑑定は無力です。

4 妻の「逃げ得」?

では、子が夫の子ではないことを知りつつ、妻がDNA鑑定を拒否した場合、嫡出推定があれば妻は永久に「逃げ得」になるのでしょうか。そうとばかりも言えません。平成23年の最高裁判所の判例です。妻が不貞行為により夫以外の男性の子をもうけながら、そのことを夫に告げず、そのため夫が嫡出否認をする契機がなかったという夫婦の離婚訴訟でしたが、妻が子の養育費を夫に請求したのに対し、最高裁は妻の請求を認めませんでした。

この事件では、妻がDNA鑑定を求められたわけではありませんでしたが、妻は、子が夫の子ではないことを血液型の相違から知っていたにもかかわらず、このことを7年間も秘密にしていましたから、夫は嫡出を否認することも親子関係の不存在を求めることもできず、父子関係は確定してしまいました。父子関係が確定している以上、離婚訴訟で夫が子の養育費の支払いを免れることは、普通はあり得ません。特にこの事件では、夫が医師で高額所得者であるのに対し、妻は離婚すれば生計の手段を失うことが確実な専業主婦で、婚姻破綻の原因も、主に夫の派手な女性関係にありましたから尚更です。

ところが、この事件で、最高裁は妻の請求が権利の濫用にあたるとして、妻の求める養育費の請求を認めませんでした。子が夫の子ではないことを知りつつ、計画的に子と夫との法的親子関係を確定させ、おまけに離婚に際してその子の養育費まで夫に面倒みさせるというのは、いくら何でも酷すぎるというわけです。同じことは、妻が嫡出推定を盾にDNA鑑定を拒否し、その後、離婚訴訟の中で養育費の支払いを求める場合にも妥当する可能性があります。裁判所も、妻の「ほっかむり」を認めない場合があるということです。

5 まとめ

このように、DNA鑑定結果の裁判における威力は強力ですが、その働き方はやや複雑で、DNA鑑定を拒否することのリスクは、精度の趣旨や裁判の仕組みを十分に理解しないと適切に判断することができません。
あなたがこのような紛争の当事者となって、父子関係の確定が問題となる場合、あなたがDNA鑑定を求める側であっても、求められる側であっても、その意義やリスクを判断する上では、弁護士の適切な助言を得ることがとても重要です。