忘れられる権利(ネット上の個人情報の削除について)

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最近、不寛容という言葉をよく耳にします。社会のあらゆる場面で、過ちを犯すことが許されなくなっている現象を示しています。批判の対象をネット上で血祭りにあげようとするネット社会の傾向は、その典型でしょう。先日も「おでんツンツン男」が標的となりました。今年11月、コンビニのおでんを指でツンツンする画像を動画サイトに投稿して炎上し、警察に逮捕された愛知県の男性です。

男性の投稿がネット上で拡散するや、投稿に対する不快感や反発から、男性の実名や画像はもとより、男性の職歴、経歴、過去の言動から家族に関する情報に至るまで、夥しい情報がたちまちのうちにネット上に溢れ、男性はプライバシーを裸にされてしまいました。男性は、今後、「おでんツンツン男」という変な名前で語られることになるとともに、個人の私的な事柄をネットに晒されたままになるという、大きな社会的制裁を受けることになったわけです。自業自得という気もしますが、批判の中には明かに行き過ぎと感じられるようなものもあります。

しかし、男性が自分のした行為を反省し、名誉を回復したいと思っても簡単ではありません。ネット上の情報は発信者の想像を超えて拡散し、一旦拡散した後は、回収することがほとんど不可能だからです。今後、何年もの間、「おでんツンツン」を検索すれば、男性に関するネット上のありとあらゆる情報を、誰でも簡単に入手することができます。「人のうわさも75日」と言いますが、ネットは忘れてくれません。
男性は、今後一生、「おでんツンツン男」という不名誉な名前や、拡散したままのプライバシーをどうすることもできないのでしょうか。同じ疑問は、炎上事件全てに共通します。
参考になる考え方があります。「忘れられる権利」という考え方です。

1 忘れられる権利

「忘れられる権利」と言っても、誰かに何かを忘れるよう請求する権利のことをいうわけではありません。「インターネット上にある個人情報を検索結果から削除するよう、検索事業者に要請することのできる権利」(ウィキペディア日本語版)という特定請求権で、2011年にフランスの女性が、検索サイト大手のグーグルに対して起こした訴訟で主張して以来、法的な概念として承認されるようになりました。

女性は、若い頃に、お金のため、一度だけヌード映像を撮影しましたが、この映像が30万を超えるホームページにコピーされ、女性のその後の人生の大きな障害となっていました。そこで、女性がグーグルを相手取り、自分の名前を検索しても結果を表示しないよう裁判で求めたところ、裁判所は、個人の情報は本人の意思に応じて消去されるべきであるとして、女性の請求を認めました。この裁判を契機に、EUでは「忘れられる権利」の立法に向けた動きが起こり、2014年には、消去権、つまり、検索事業者に対し、一定の要件のもとで、検索結果から自己に関する情報の削除を求めることができる権利として法制化されました。

日本にも、自己情報コントロール権という似た概念がありますが、主に行政による個人情報の取得や利用を制限するためのもので、権利のはたらき方が違います。また、日本では、プロバイダ責任制限法という法律がインターネットサービスプロバイダ(ISP)の損害賠償責任とISPに対する情報開示請求権を認めている関係で、ISPや検索事業者がユーザーからの削除要求に対し自主的に対応していたこともあり、「忘れられる権利」はあまり問題になることがありませんでした。しかし、平成27年に、さいたま地方裁判所が、ある事件で、この権利を明示的に認めて注目されました。

事件は、その3年前に児童買春の罪で罰金刑を受けた男性が、グーグルに対し、自己の名前でグーグルを検索しても逮捕歴に関する情報が表示されないようにすることを求めたもので、地裁は男性の請求を認め、グーグルに検索結果の削除を命じました。男性がこの裁判で主張したのは、犯罪からの「更生を妨げられない利益」という、平成6年に最高裁判所が下した有名な判決で認められた利益です。

平成6年の最高裁の事件というのは、傷害致死事件を起こして有罪判決を受けた男性が、事件をモデルにして実名のノンフィクションを執筆した作家に損害賠償を求めたもので、最高裁は男性の主張を認め、作家に50万円の支払いを命じました。
この作品を執筆したのは有名なノンフィクション作家で、作品自体も権威のある著名な文芸賞を受賞するなど評価の高いものでしたが、最高裁は、作品が、既に刑期を終え、就職・結婚し、前科を知られることなく平穏な生活を送っていた男性の「更生を妨げられない利益」を侵害するとしたのです。前科のあることが他人に知られれば、社会から偏見の目で見られたり、生活のいろいろな場面で差別されたりすることがあり、更生の妨げになる場合があります。そこで、前科に関する情報は、憲法上、人に知られたくない重要なプライバシーとして保護されています。地裁は、「更生を妨げられない利益」から「忘れられる権利」を導き出したということになります。

2 平成28年東京高裁決定

ところがグーグルの抗告を受けた東京高裁は地裁の決定を取り消し、男性の申立てを却下しました。結局、男性のグーグルに対する削除請求は認められませんでした。
高裁が男性の申立てを却下した論理は、男性の申立てを、新聞や小説のような出版物の発行に対する差止め請求と同じものと見た上で、同種の事件で適用された、これも有名な過去の2つの最高裁判例の論理を適用したものです。これは、人の名誉やプライバシーを侵害する出版物の差止めを審理する場合の裁判所の判断枠組みで、平成28年の事件に即して言えば、①児童買春に関する情報は社会全体の利害にかかわる重要な情報であること②検索結果に現れた男性の逮捕歴の情報は事実であること③検索結果が表示されることによる男性の不利益は大きなものではないことを理由として差止め請求を拒絶するものですが、東京高裁の決定は、特に、社会的インフラとしてのインターネットと検索サービスの重要性に言及しています。「ググる」、「ウィキる」は、今や仕事や生活にとって、なくてはならない情報獲得手段で、その社会的な意義は無視できないからでしょう。

確かに、この事件と平成6年の最高裁の事件とは少し性格が違いますから、両者を一緒にして考えることは難しいと思います。例えば、平成6年判決の事件は、文芸作品とはいえ、傷害致死事件の裁判に陪審員として参加した作家自身が、その体験から原告の男性の過去の犯罪をノンフィクションとして執筆していますから、誰かがネットを検索して、たまたま誰かの前科を発見したというのとは少し訳が違います。
また、平成6年の事件で原告が主張した「更生を妨げられない利益」は、あくまで「利益」であって、誰かに何かを直接請求できる「権利」ではありません。平成6年の事件で原告が求めたのは、損害賠償、つまり、自己の利益を侵害されたことに対する事後的な金銭賠償で、出版の差止めまで請求したものではありません。これに対し、平成28年判決の事件で、原告の男性は、検索結果という検索事業者の中核的なサービスの、いわば部分的な停止を請求しています。忘れられる「権利」とまで言うには、法律上の根拠がはっきりしませんし、「利益」からいきなり「権利」を導くのは、少し飛躍があるような気がします。

更に、平成6年の事件では、ノンフィクションの出版は、傷害致死事件の12年後で、平成28年の事件とは、時の経過の程度が違います。12年もたてばもう忘れてあげてもよいが、3年では足りないということでしょう。

その一方で、平成28年の事件で東京高裁が採用した法律構成は、男性の申立てを、新聞や小説の出版に対する差止め請求と同視するものですが、男性の申立ては、検索結果の表示の削除を求める限度のもので、ウェブサイトの閉鎖や記事の削除まで求めるものではありませんから、それほど多くを求めたわけではありません。
しかし、男性が犯した児童買春は社会的にも関心の高い犯罪で、特に、女の子を持つ親にとって、地域社会にそのような犯罪傾向を持った人物がいるかいないかは重大な関心事です。また、犯罪の刑の言渡しの効力は、罰金刑の場合、執行後5年ですから、裁判の当時、まだ刑の効力は残っており、過去の犯罪歴が、調べようと思えば調べられるというのは仕方がないのかも知れません。

3 おでんツンツン男の「忘れられる権利」

平成28年判決を前提に、おでんツンツン男(長いので、単に「男」と言うことにします)が、グーグルに検索結果の削除を請求した場合を考えてみましょう。
おでんツンツンという犯罪行為に関する情報については、平成28年判決の論理があてはまります。男が裁判で執行猶予を受けるとして、その場合、刑の言渡しの効力は、執行猶予期間の終了までですから、1~3年くらいでしょう。罰金刑を受ければ5年です。少なくとも、その間、男の削除請求は認められないことになります。
しかし、28年の判決も、最高裁が認めた「更生を妨げられない利益」を否定するものではありません。削除を認めるかどうかを判断する上では、犯罪の性質や原告の社会的な立場、時の経過などが考慮されるとしていますから、政治家や有名人でもない男が起こした比較的軽微なツンツン事件については、ある程度時間がたてば、削除を認めてもらえる時期が来ます。

男のプライバシーに関する情報はどうでしょう。犯罪に関する情報ではありませんし、男のプライバシーを一方的に侵害するものもありますから、削除請求が認められる可能性はあります。しかし男の場合、わざわざネットに画像を投稿して勝手に炎上したわけですから、男のプライバシーはあまり保護に値いしません。削除請求しても認められない可能性が高いと言えます。

男の家族についての情報はどうでしょう。先に述べたように、日本ではISPや検索事業者が被害者からの削除要求に自主的に応じてくれる場合があります。要求に応じてもらえない場合、裁判で削除請求をすることになりますが、この場合、請求は認められると思います。前述した平成28年判決の判断枠組みからは、家族が犯罪にかかわっていない以上、家族の不利益が重大であるかどうかだけで判断することができるからです。犯罪と関係ない家族のプライバシーがネット上に拡散したままで、いつまでも男の関係者として忘れてもらえないとしたら、家族はまともな社会生活を送ることができません。

4 まとめ

このような事件が起こるたびに言われることですが、インターネットの情報の拡散力と情報ツールとしての有用性は圧倒的で、このような強力なツールを使いこなしてゆく上では、それを使いこなすためのリテラシーとして、自分の発信した情報に誰がどう反応し、それがどう利用されるのかを見極める想像力が非常に重要だと思います。
一方で、不当に名誉やプライバシーを侵害されている場合に、どう対処するかもリテラシーの一部です。罪を犯した人が自己の犯罪に関する情報を消し去るには少し時間がかかりますが、理由もなくプライバシーを侵害されている場合には、削除請求は正当な権利の行使です。ただし、平成28年の判決で裁判所が原告の請求を認めなかったように、憲法が保障する表現の自由との関係で必ずしも簡単ではありませんから、この分野に精通した信頼できる弁護士の助言を得ることをお勧めします。