インターネット上のプライバシー侵害


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法律問題を扱うウェブサイトや弁護士のホームページには、インターネット上でプライバシーを侵害され、何とかして欲しいという相談が多く寄せられます。2チャンネルや爆サイのような掲示板に実名で誹謗中傷されたり、投稿サイトに勝手に動画をアップされたりした人が、情報の削除や損害賠償を請求したいがどうすればよいかというものなどです。
違法な個人情報の流通や明らかなプライバシー侵害については、現在では、情報の削除請求や発信者情報開示請求、損害賠償請求などの実務がある程度定型化されていて、弁護士に依頼すれば、かなりのものについては確実に対応することができます。
一方で、果たしてプライバシーの侵害と言えるのかどうか微妙なものもあります。プライバシーの中身や範囲が、実はいまだにはっきりしているとは言えないからです。

プライバシーが法律上の権利として承認されるようになったのは、実はそれほど昔の話しではなく、少なくとも日本ではプライバシーは比較的新しい権利と言えます。しかも、それは最初、この概念の英語表現を翻訳した「ほっといてもらう権利」という非常に素朴で、どちらかというと頼りない権利として受容されました。
しかし、インターネットの普及や情報化社会の進展により、膨大な個人情報がネットワーク上に流通するようになると、濫用的な個人情報の利用によりプライバシーの侵害が多様化、深刻化し、それに併せて、プライバシーの概念自体も自己変革を迫られます。「ほっといてもらう」程度の権利では救済には不十分だからです。つまり、プライバシーの概念は、インターネットなどの情報ネットワークの発展と密接な関係があり、ネットワークが進化し続ける以上、プライバシーの概念も変容します。プライバシーの中身や範囲がいまだにはっきりしているとは言えないというのは、このような事情によります。
そこで、ここでは、プライバシーの成り立ちと、その変容について考えてみたいと思います。

1 「私生活上の事柄をみだりに公開されない法的な保障と権利 」

プライバシーを法律上の権利として司法の場で最初に明らかにしたのは、昭和39年の東京地方裁判所に現れたある有名な事件です。事件は、小説家の三島由紀夫が、有田八郎という実在の政治家をモデルに、有田とその妻である料亭の女将との私生活を、実名ではないものの、ほぼそれとわかる形で赤裸々に描いた「宴のあと」という小説を巡るものでした。三島はこの小説の中で、有田とその妻にみたてた主人公夫婦の政治的な野心や愛憎関係、性的な描写を含む夫婦の私生活を、想像を巡らせつつ具体的に描写しました。有田は三島に対し、小説が有田のプライバシーを侵害するとして損害賠償を求めます。

この事件で裁判所は、プライバシーを「私生活上の事柄をみだりに公開されない法的な保障と権利」と定義し、有田の主張を認め、三島に80万円の支払いを命じました。小説が、有田の「ほっといてもらう権利」を侵害しているということです。事件はその後、和解により終結しましたから、地裁の判決は効力を失いましたが、裁判所が立てたこの定義は、現在でも受け継がれています。

一方で、この裁判では、プライバシーの権利の根拠が何なのか、実ははっきりしていませんでした。判決には、裁判官が六法全書をあちこち探し回ってみたような痕跡が残っていますが、プライバシーの根拠について、はっきりとしたことは述べられていません。その後、いくつかの最高裁判例を通じ、プライバシーが、個人の尊厳や幸福追求の権利を保障する憲法13条に根拠を持つ私法上の人格権という権利の一内容であるとする考え方が確立します。しかし、この間も、プライバシーは、私生活に他人が介入することを排除できるという程度の、いわば消極的な権利として捉えられていました。また、保護の対象とされたものも、秘匿性の高い事項、例えば、前科や私生活上の秘密など、あまり人に知られたくないものが中心でした。そのようなものでもでなければ保護の対象にはなりにくいということです。つまり、プライバシーは、権利としてはそれほど強力なものとは考えられていませんでした。
しかし、その後の高度情報化社会の進展に伴い、プライバシーの内容は徐々に変容します。このことを示すのが、平成15年の最高裁判例です。

2 自己情報コントロール権

平成10年に、当時、中国の国家主席であった江沢民が来日し、早稲田大学で講演を行いましたが、その際、講演を妨害した一部の学生が警備にあたっていた警察に逮捕され、大学からも処分を受けます。これに対し、処分を受けた学生らは大学を相手取って損害賠償を請求します。学生らの学籍番号、氏名、住所、電話番号を記入した講演参加者名簿を、大学が警察の求めに応じて、事前に警察に提出していたことが、プライバシーの侵害にあたるというのがその根拠です。

「宴のあと」で、小説は有田とその妻にみたてた夫婦の寝室にまで遠慮なく入り込んでいますから、プライバシーの侵害は直感的に理解することができますが、早稲田大学の事件で大学が警察に提出したのは、氏名、住所、電話番号など、あまり秘匿性が高いとは言えない情報です。また、警察が情報の提供を求めたのにもそれなりの理由がありました。このような情報でも、プライバシーの侵害になるのでしょうか。
事件から5年後、最高裁は、このような情報であっても、取り扱い方によっては、個人の人格的利益を損なう恐れがあり、第三者に勝手に開示されたくないと考えるのが自然であって、そのことへの期待は法的に保護されるべきであるとして学生らの請求を認めました。大学が、学生らの承諾なく、警察に名簿を提供した行為が違法であるとしたのです。

大学が警察に提供した情報は、それをバラバラにすれば、一つ一つは無意味な記号にしか過ぎません。しかし、これを名簿の中のひと固まりの情報として考えれば、何らかの動機で江沢民の講演に参加したいと希望している人ないしその集団としての意味を持ってきます。つまり、これらの情報には、学生らの内面や生活という、人格のある一面を推知させるヒントが含まれています。更に、この情報を警察が持っている他のヒントと結合すれば、学生らの「人となり」はより具体的なものとして警察に把握されます。判決は、「取り扱い方によっては、個人の人格的利益を損なう恐れがある」と言っていますから、そこでは、人に関する断片的な情報であっても、それを他の情報と結合したり照合したりすることで、第三者がその人の人格や生活に踏み込んでゆくことができるという危険性があること、そして、この危険性は情報システムのネットワーク化が進めば進むほど現実化することが意識されていると言えます。

その後、最高裁は、平成20年の別の事件で、プライバシーを「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」と再定義します。「私生活上の事柄」が「個人に関する情報」に変わっていますから、プライバシーの保護を、具体的に個人情報のレベルに落とし込んでゆくことで、プライバシー保護を一歩進める考え方と言えるでしょう。学者の間では、更に進んで、プライバシーを自己情報コントロール権、つまり、「自分に関する情報が開示される範囲を自分自身が選択できる権利」として把握するという考え方が有力となっています。裁判所は、ここまでの権利を認めていないようですが、「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」と並べて、「私生活の平穏の利益」をプライバシーの一内容と考えるようになっています。ストーカー行為や、それに伴う凶悪な事件、企業が保有している顧客の個人情報が流出して悪用される事件などが相次いでいることなどから、このような考え方は、的を射たものと言えます。

もっとも、「私生活の平穏の利益」といっても、その中身は相変わらずはっきりしません。平成24年のある事件では、グーグルのストリートビューに自宅ベランダの洗濯物が写り込み、それを公表されたことで精神的損害を負ったとして、洗濯物の写真を撮られた人がグーグルに損害賠償を請求した事件がありましたが、裁判所は、この人の私生活上の平穏の利益の侵害は、社会生活上受忍すべき限度を超えないとして、請求を棄却しています。

3 名誉毀損との違い

ところで、プライバシーの侵害に似た概念として名誉毀損がありますが、両者はどう違うのでしょう。結論を言えば、両者には重なる部分もありますが、いくつかの重要な点で、相互に異なります。

名誉毀損とは、事実を示して人の社会的評価を低下させること(本ウェブサイト「インターネット・SNS上の名誉毀損」参照)をいいますが、プライバシーは社会的評価とは関係がありません。したがって、誹謗中傷であれば名誉毀損ですが、単なる事実でも、それを勝手に開示したり公表したりすればプライバシーの侵害です。
また、名誉毀損は、一定の場合、例えば政治家や社会的影響力のある人については、示された事実が真実である場合、名誉毀損にならない場合がありますが、プライバシー侵害の場合、そのようなことはありません。「宴のあと」を考えればわかるように、むしろ、真実であればあるほどプライバシー侵害の程度は増大します。
そして、プライバシーの侵害が名誉毀損と最も異なるのは、一度侵害されたら後戻りができない、つまり、被害の性質が不可逆的であるということです。そして、このことは、インターネットの場合、より一層深刻です。

名誉棄損の場合、名誉が傷つけられても、例えば、加害者に訂正文や謝罪広告の掲載を命じるなど、低下した社会的評価を回復する手段がありますが、プライバシーの侵害の場合、このような手段を考えることはできません。したがって、救済は損害賠償によるしかありませんが、損害賠償を貰っても、プライバシーが侵害されたことにより、それまでの生活関係が破壊されるなど、損害の回復が困難な場合があります。つまり、一度出たら終わりです。そのような意味では、プライバシー侵害の場合には、事前の差止めという救済が非常に重要な意味を持ちますが、インターネット上のプライバシー侵害の場合、既に侵害が発生していますから、あまり意味がありません。

そして、インターネットにおけるプライバシー侵害は、閲覧者が情報を引用したり、再利用したりすることで、被害が加速度的に進行します。したがって、被害が拡散しないうちに、できるだけ早く対処することが非常に重要になってきます。

4 まとめ

インターネットの普及や情報化社会の進展により、個人情報を保護しようという意識は、最近10年間ほどで急速に高まりを見せました。そして、これに併せて、インターネット上での個人情報の濫用や違法なプライバシー侵害については、判例や司法実務でも事例やノウハウの蓄積が進み、削除や損害賠償などの救済も、定型的に処理することができるようになっています。
悪質な事例については、悩むよりまず、弁護士に早めに相談することを強くお勧めします。