最悪の交通事故を起こす、路上の凶悪犯 危険運転致死傷罪とは?

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「ちょっと休憩したらどうですか。ふらついてますよ」
料金所の職員が声を掛けると、トラック運転手はこう答えたといいます。
「大丈夫、薬飲んだだけだから、大丈夫……」
嘘でした。運転手は高知から東京までの道のりで、ウイスキー1瓶と缶チューハイを空けており、完全に泥酔状態だったのです。
大惨事が起きたのは、その直後でした。

1 東名高速トラック炎上事故(2人死亡)

1999年11月28日、午後3時半過ぎ、東名高速道路の東京ICから首都高速道路の用賀料金所へ向かう道路上で、12トンの大型トラックが家族4人を乗せた自動車の後部に追突。自動車は炎を上げて燃え始めました。家族4人のうち、3歳と1歳の女児2人が焼死する痛ましい惨事となったのです。
大型トラックの運転手は、酒酔い運転状態で、呼気1リットル中のアルコール濃度は0.63ミリグラムを記録していました(同0.15ミリグラム以上で酒気帯び運転)。
運転手が問われたのは、業務上過失致死傷罪。懲役5年が上限です。酒酔い運転罪と併合させても、最高刑は懲役7年6か月が精一杯でした。
翌年、トラック運転手に対して東京地方裁判所が言いわたした判決は、懲役4年
「軽すぎる!」「裁判官は世間知らずだ」などと、世論は裁判所をバッシングします。

 控訴審を担当し、懲役4年の判決を維持した東京高等裁判所の仁田陸郎裁判長(当時)は、判決理由の中でこう述べました。

「この種の事案の量刑の実際をみても、本件における原審の量刑が軽すぎるということのできる運用状況ではない。飲酒運転などによる死傷事故に関する罪の新設や、法定刑の引き上げなどの立法的な手当てをすることが本来のあり方である

現状で動いている法律をはみ出すことが許されない裁判所の限界について、裁判官が本音を吐き出したのです。

2 女児2人の犠牲を引き替えに生まれた厳罰規定

この悲惨な飲酒運転事故をきっかけに、2001年に新設されたのが、刑法208条の2(当時)の「危険運転致死傷罪」でした。刑法208条が暴行罪で、その隣に置かれたということに意味があります。危険運転致死傷罪は、不注意で起きた交通事故ではなく、他人をわざと車で轢いたのに匹敵する故意犯として扱われたのです。最高刑は懲役20年、厳罰を科すには十分です。

しかし、危険運転致傷罪の条文は、現実にはなかなか適用できるものになっていませんでした。
はたして「危険運転」とは何なのか。条文には「アルコール(又は薬物)の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって」「人を死亡させた」と書いてありました。

この「アルコールの影響により」「正常な運転が困難な状態」という表現がくせ者だったのです。裏を返せば、酒を飲んでハンドルを握っていても、正常な運転さえできていれば「危険運転」ではないと認めているのです。確かに、最高で懲役20年という大変厳しい刑罰を科せる条文なので、あまり簡単に適用できてもバランスが崩れます。ただ、正常な運転が困難なほどの酒酔い運転とは、相当ベロベロに酔っ払っていなければならないでしょう。

ちなみに、飲酒運転で最悪の場合である「酒酔い運転」とは道路交通法65条1項で、「正常な運転ができないおそれがある状態」と定義されています。危険運転は「正常な運転が困難な状態」なので、酒酔い運転を上回る泥酔状態でいなければならないようにも読めます。実際に適用できる場面は、ほとんどないと考えられました。

3 福岡 海の中道飲酒運転事故(3人死亡)

2006年8月25日の夜、博多湾に架かる一般道の橋の上で、一家5人乗りのRV車に、高級セダンが時速100キロで追突しました。RV車は海に転落し、3人の子どもたちが同時に絶命したのです。
友人らと焼酎をロックで10杯ほど飲んだ後、飲酒運転をしていた当時20代の男は、事故に目もくれずそのまま現場から走り去りました。しかし、その車も事故の衝撃で壊れており、やがて乗り捨てて友人に電話します。
「俺の身代わりで捕まってくれんか」
その頼みをあっさり断られると、次にこんな注文をしました。
「水をたくさん持ってきて」
友人は、水をペットボトルに4リットル分入れて、男が待機している場所まで車で運びました。男はそのうち約1リットルを慌ててがぶ飲みしたとされます。
水を大量に飲んでも、血中のアルコール濃度にほとんど変化はありません。しかし、吐く息のアルコール濃度は減らして、飲酒運転の事実をごまかせる可能性がありました。

4 飲酒交通事故の処罰規定には、なお抜け道があった

水を持ってきた男の友人について、証拠隠滅罪が成立するのではないかとして逮捕されましたが、本当にアルコールが検出されないことを助けるために水を持ってきたのかどうか、決め手に欠けるとして、結局は起訴猶予(裁判にならず)となりました。

では、男に危険運転致死傷罪が成立するのかというと、そこで微妙な判断が問われたのです。実際、福岡地方裁判所は、当時の男について「正常な運転が困難な状態」だったとは言い切れないとして、危険運転致死傷罪を成立させませんでした(ひき逃げと業務上過失致死傷で、懲役7年6か月)。やはり「非常識な裁判官」として世論に叩かれたのです。

そうした世論のプレッシャーを意識してか、福岡高等裁判所と最高裁判所は、一審判決を破棄して、一転、危険運転致死傷罪を成立させたのです。ひき逃げと合わせて懲役20年を言いわたし、確定しました。

この「海の中道飲酒運転事故」を受けて、交通事故の厳罰化が行われました。業務上過失致死傷罪は懲役5年のままで、そこから自動車の運転だけを抜き出し、過失によって引き起こされた交通人身事故の最高刑を懲役7年に引き上げました。

また、危険運転致死傷罪を2段階に増やしました。使い勝手のよくない「正常な運転が困難な状態」(最高で懲役20年)の下に「正常な運転に支障が生じるおそれのある状態」(最高で懲役15年)を新設して、厳罰を適用できる場面を広げたのです。

さらに、飲酒運転が警察にバレないよう、水をがぶ飲みして呼気中のアルコール濃度を不正に減らしたり、あるいは逆に酒を追加で飲んで、酒を飲み始めたタイミングを偽装したりする行為を確実に処罰するため、証拠隠滅罪(最高で懲役3年)よりも重い「過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪」(最高で懲役12年)を新設したのです。

5 現在の「交通人身事故」の処罰規定(2016年現在)

危険運転致死傷(自動車運転死傷行為処罰法2条)
全部で6パターンが規定されていますが、それぞれ、処罰の範囲が広がりすぎないよう、成立の条件が絞り込まれています。たとえば、「飲酒運転イコール危険運転」という単純な関係にないところが留意点といえます。

飲酒酩酊/覚せい剤・危険ドラッグ運転

アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為

異常速度運転

その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

未熟運転

その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為

交通妨害運転

人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

悪質な赤信号無視

赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

歩行者天国などへの進入・高速道路の逆走

通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

【危険運転で負傷させた場合】
懲役1か月~15年 /無免許の場合は刑が重くなり、懲役6か月~20年
(ひき逃げも行われた場合は、懲役1か月~22年6か月)

【危険運転で死亡させた場合】
懲役1年~20年
(ひき逃げも行われた場合は、懲役1か月~30年)

準酩酊運転・準薬物・疾病影響運転(自動車運転死傷行為処罰法3条1項)

アルコール、薬物、一定の病気のため正常な運転に支障が生じるおそれのある状態での運転
危険運転致死傷よりは悪質でない状況での運転とされています。また、危険運転致死傷にはなかった「一定の病気のため」の要件が加わっています。

6 「一定の病気」とは?

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行令 3条(自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気)
法第3条第2項 の政令で定める病気は、次に掲げるものとする。
  1. 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する統合失調症
  2. 意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)
  3. 再発性の失神(脳全体の虚血により一過性の意識障害をもたらす病気であって、発作が再発するおそれがあるものをいう。)
  4. 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する低血糖症
  5. 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈するそう鬱病(そう病及び鬱病を含む。)
  6. 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害

※誤解がないように付け加えますが、それぞれの疾病の患者が交通人身事故を起こせば、一般の場合よりも刑罰が重くなる……という規定ではありません。疾病を持つと同時に様々な条件で「正常な運転に支障があるおそれ」がある場合を限定している点に留意していただきたいです。

【準酩酊運転・準薬物影響運転で負傷させた場合】
懲役1か月~12年 /無免許の場合は刑が重くなり、懲役1か月~15年
(ひき逃げも行われた場合は、懲役1か月~18年)

【準酩酊運転・準薬物影響運転で死亡させた場合】
懲役1か月~15年 /無免許の場合は刑が重くなり、懲役6か月~20年
(ひき逃げも行われた場合は、懲役1か月~22年6か月)

過失運転致死傷(自動車運転死傷行為処罰法5条)

ドライバーの不注意によって発生した一般的な交通人身事故のうち、検察官が刑事処罰を求めた場合が対象になります。罰金刑がありうるので、略式手続が適用される可能性があります。

【法定刑】
懲役(あるいは禁固)1か月~7年 または 罰金1万~100万円
(無免許の場合は刑が重くなり、懲役1か月~10年)

かつて、交通人身事故は「業務上過失致死傷」の中で処罰されており、最高刑は禁固3年でした。ただ、高度経済成長が著しく、大衆車が世間に一気に普及した1960年代に、交通事故が急増した点を問題視して、1968年に、最高刑が懲役5年に引き上げられたのです。

過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱(自動車運転死傷行為処罰法4条)

2006年の福岡 海の中道事故で問題となった行為を、ピンポイントに重く処罰することによって、飲酒運転による人身事故からの「逃げ得」を防ぐ規定です。
飲酒運転の発覚を免れる目的での逃走、重ね飲み、その他の行為(水を大量に飲むなど)が対象となります。

【法定刑】
懲役1か月~12年 /無免許の場合は刑が重くなり、懲役1か月~15年

※ただし

  • 過失運転致死傷罪や準危険運転致傷罪ほかも成立した場合、懲役1か月~18年
  • 準危険運転致死罪ほかや危険運転致傷罪も成立した場合、懲役1か月~22年6か月
  • 危険運転致死罪も成立した場合、懲役1か月~30年

7 そのほか、交通事故で刑事処罰がありうる場合

自動車運転過失建造物損壊罪(道路交通法116条)

車両(自動車・バイク・自転車)の運転者が、業務上必要な注意を怠り、または重大な過失により他人の建造物を壊した行為を処罰する規定となります。
普通は、建造物をうっかり壊してしまう行為は、犯罪ではなく、民事の損害賠償(弁償)の問題です。ただ、自動車などの車両が勢いを付けてぶつかると危険であり、破壊規模も大きくなりやすいため、運転者に注意を喚起する意味でも処罰規定を設けています。
「業務上必要な注意」は、自動車やバイクの場合で、「重大な過失」は、自転車の場合が対象です。

【法定刑】
禁固1~6か月 または罰金1~10万円