睡眠障害の交通事故リスク(睡眠時無呼吸症候群・ナルコレプシー・特発性過眠症)

このエントリーをはてなブックマークに追加

居眠り運転は、かつて、日本では居眠り運転は「過労」や「脇見」に分類されることが多かったので、長い間、居眠り運転の実態を把握する正確な統計はありませんでした。
最近では、高速道路の交通事故のうち、約70~80%が居眠り運転が原因だといわれています。見えてくる風景や運転操作が単調になりやすく、眠気を誘発するのでしょう。

ただの寝不足なら一時的なものであり、PAやSAでこまめに仮眠を取ることで解消されます。ただ、中には、昼間に急に強烈な睡魔に襲われ、突然眠ってしまうことを日常的に繰り返す人もいるのです。十分な睡眠時間を取っているにもかかわらず、昼間に眠たくなるとしたら「睡眠障害」の可能性を疑ったほうがいいかもしれません。特に自動車やバイクの運転中に、急に眠ってしまうとしたら、大変危険であり、重大な交通事故に直結します。
睡眠障害の治療や改善に専念するか、運転を止めるかの選択をしなければならないでしょう。

睡眠障害(過眠症)には、おもに「睡眠時無呼吸症候群」「ナルコレプシー」「特発性過眠症」があります。

1 「睡眠時無呼吸症候群」とは?

文字通り、寝ている最中に首の気道がふさがり、呼吸がたびたび止まる疾患です。寝ているつもりでも酸欠状態が続いて、実際はほとんど熟睡できておらず、結果として起床後は寝不足状態になっている睡眠障害です。睡眠障害の中では、最も罹患人口が多いとされます。

英語ではSleep Apnea Syndromeといい、頭文字を取って「SAS」とも呼ばれます。

SASの原因として一般的に挙げられるのが「肥満」です。首回りに通常より多い脂肪が気管を取り巻いており、気管が細くなりやすいのです。睡眠時にはさらに圧迫されて、無呼吸のリスクが高まることになります。
ただ、誤解されやすいのですが、肥満だけがSASの原因ではありません。人体の構造として「下あごが小さい人」や「首が太い人」は、睡眠時に呼吸が止まりやすいです。また、高齢者の場合は呼吸筋が加齢によって弱ってしまい、呼吸が不安定になった結果、SASになることもあります。

SASの最大の特徴は、寝ているときの「激しいいびき」です。一説には、日本人の6人に1人、約2000万人がいびきをかいて寝ているといわれていますので、いびき自体が問題ではありません。たまに、その激しいいびきが「急に止まる」ようなことがあれば要注意です。

いびきが止まっている時間こそ、呼吸が止まっている時間に相当します。その無呼吸状態が一時的なものならいいのですが、1時間に5回以上、1回につき10秒以上続くと、ほとんど熟睡できていない睡眠時無呼吸症候群が疑われます。

症状として、起床時の頭痛、日中の耐えがたいほどの眠気、記憶力や集中力の低下、頻尿などがみられます。

また、寝ているときに無呼吸をたびたび繰り返していると、血圧や脈拍が大きく変動するので、心疾患や血管の障害などを併発しやすくなります。呼吸が長く止まる人や高齢者が、血圧が上がりやすいといわれます。
2015年に発表された、自治医科大学とオムロンヘルスケアの共同研究によると、睡眠時無呼吸症候群の男女1000人のデータで、無呼吸時に血圧が160以上に達する人が約3割にのぼり、中には最大で216にまで達する人もいました(高血圧の一般的基準は、上が140以上)。

睡眠時無呼吸症候群の状態にある人が、自動車を運転して交通事故の加害者になるリスクは、約7倍で、最大で10.8倍にもなるとの研究もあります(Malhotra A,White DP. “Obstructive sleep apnoea”Lancet 2002)

一説には、アラスカ沖の原油流出事故(1989年)、スペースシャトルのチャレンジャー号爆発事故(1986年)、スリーマイル島原発事故(1979年)といった、アメリカにおける歴史的大事故の背景にも、SASが関連していた疑いがあるのです。「睡眠障害」は、もはや本人のみの個人的問題に留まらないのです。

合併症を招く危険

ただでさえ運転中に事故を起こすリスクがある睡眠時無呼吸症候群(SAS)ですが、意識喪失のおそれがある他の病気と合併して、ますますリスクが高まることがあります。

心臓病・脳卒中

すでにご説明しましたとおり、SASで無呼吸状態になったときは、急激な高血圧状態となります。無呼吸時に血圧が160以上になる人が3割程度いるとみられますが、血圧160以上が続けば、脳卒中(脳梗塞やくも膜下出血など)や心筋梗塞(心臓麻痺)に至って死亡するリスクが4倍に、血圧180以上では8倍に跳ね上がるといわれています。 もしも、運転中に致命的な発作が起きれば、他の車や歩行者を巻き込んで衝突する大惨事になりかねません。さらに遺された家族にも想像を絶する負担をかけてしまうことになります。

糖尿病

2005年に発表されたスウェーデンでの長期追跡調査によれば、糖尿病患者は、寝付きが悪かったり、夜中に目覚めたりする頻度が高いといいます。その中には睡眠時無呼吸症候群にかかっている人もいるでしょう。実際、睡眠時無呼吸症候群にかかっていると、糖尿病を発症するリスクが通常の約4倍になるとされます。
糖尿病の治療で、インスリンが投与されると血糖値が下がりすぎる「低血糖」の状態になるおそれがあり、重傷の場合は意識喪失となります。両者の合併症であれば、低血糖症の意識喪失と、SASの強烈な睡魔、運転中にいずれも襲ってくる危険が伴うことになります。

SASが原因とみられる交通事故の裁判例

2005年11月、名神高速道路(滋賀県彦根市付近)で、パンクをしたために速度を落としていたワゴン車に大型トラックが追突。そのあおりを受けて、他の大型トラックやバスなど計7台が絡む玉突き事故が発生し、7人が死亡する惨事となりました。
大型トラックの運転手は、重度のSASと判明し、強烈な眠気によって前方ワゴン車の減速に気づかなかったものと考えられました。
刑事裁判においては、「眠気を覚えたのに休憩も取らず、運転を続けた過失があった」と検察が主張したのに対して、弁護側は「SASのため、運転中に強烈な眠気が襲い、自覚の無いまま居眠り運転をしてしまった。過失は問えない」と主張しました。
大津地方裁判所は2007年1月、事故の発生でSASが影響した可能性を否定できないとしつつも、事故直前は6連勤であり、不規則な仮眠を車内で取り続いていたことから、居眠りの主な原因を「極度の過労状態」と認定し、過失はあったものとして、禁固3年の実刑判決を言いわたしました。

2008年3月、愛知・豊橋市の交差点へ、大型トレーラーが赤信号を無視して進入。横断歩道を横断中の男性を死亡させた事故。事故後、運転手は重度のSASにかかっていたことが判明しました。
刑事裁判において、名古屋地方裁判所豊橋支部は、SASの影響で運転中に強烈な睡魔が襲って居眠りをしてしまった可能性を否定できず、赤信号をわざと無視したわけではないとして、無罪判決を言いわたしました。赤信号が見える位置から交差点まで、約100メートルにわたって、加速も減速もしなかった行動を指して「信号無視する者の行動としては不自然」と認定したのでした。
しかし、名古屋高等裁判所は、後にこの無罪判決を破棄し、懲役5年を言いわたし、そのまま最高裁判所で確定しました。理由としては「運転手が事故に至るまでの経緯を、間断なく説明できている。この言動は当時、睡眠に陥ったことがなかったことを示す」としています。

2012年4月の大型連休中、金沢から東京ディズニーランドへ向かうツアーバスが明け方、関越自動車道(群馬県内)を通りかかったとき、運転手が居眠りをしたために、側面の防護壁に激突。7人が死亡、39人が重軽傷を負う大惨事になりました。事故現場の路面にブレーキ痕はなく、重傷を負った運転手にはSASの症状がありました。
裁判では、眠気をおぼえたにもかかわらず運転を継続し、極めて悪質だと検察が指摘、弁護側は「睡眠時無呼吸症候群で、眠気を感じないまま睡眠に陥った」と反論し、無罪を主張しました。
前橋地方裁判所は、検察の主張を全面的に認めて、懲役9年6月・罰金200万円の実刑判決が確定しました。

SASは、治せます

実際、SASは治療や対策をすれば十分に治る余地のあるものです。
もし肥満によって引き起こされているのなら、体重を減らすのが一番の近道です。慢性的な寝不足の辛さと、ダイエットの辛さと比較して、後者を選ぶ人が増えれば、社会全体としての交通事故のリスクも減っていくはずです。
また、睡眠の良好な環境作りも重要です。あお向けでなく、横を向いて寝るようクセづけてみたり、上体を少し起こし気味な高さの枕に変えたり、寝室の湿度を60%前後に設定してみたりすることも試してみましょう。無呼吸状態は、舌の付け根が喉の入り口まで落ちることによって起きることも多いので、マウスピースで舌を固定する方法もあります。

また、医師の力を借りる必要がありますが、「鼻CPAP」という人工呼吸器の一種を使い、コンプレッサーで体内に空気を流して、ふさがりがちな気道を広げる治療も有効とされます。最終手段としては、気道を物理的に広げる外科手術もありえます。

2 ナルコレプシー

通称で「居眠り病」とも呼ばれます。ギリシャ語で「ナルコ」は“麻痺”、「レプシー」は“発作”という意味で、日中に、普通に友人と会話をしている最中でも、緊張感のある試験中であっても、いきなり電源が切れたかのように眠りに落ちる症状が特徴的です。5分から30分という、比較的短い睡眠を何度も繰り返すのですが、本人は眠っていることに気づいておらず、周囲から指摘されて初めて気づくケースもあります。

また、情動脱力発作という症状をともなうことが多いです。笑ったり怒ったりと、激しく感情が揺さぶられたときに、急に全身から力が抜けてしまうのです。

ナルコレプシーは、遺伝的要素もある脳障害の一種ともいわれ、覚醒をうながす神経物質の一部が脳に行きわたりにくい体質が原因というのが通説です。日本人では600~700人にひとりの割合で罹患するといわれており、決して珍しい睡眠障害ではありません。現代の医療で完全に治癒することはできませんが、薬で症状を抑えることにより、通常の日常生活を送ることは十分に可能です。「中枢神経刺激薬(精神刺激薬)」で、日中の眠気を抑えることが中心ですが、夜の不眠症を併発している場合は、睡眠導入剤を処方して熟睡を確保することもあります。
ただ、薬を飲み忘れたり、飲むタイミングなどを間違えたりすると、車の運転中に発作的な眠りが襲う場合があるため、注意が必要となります。

3 特発性過眠症

SASやナルコレプシーほど強烈な睡魔は襲いませんが、発症原因や治療法が確立されていないため、発見が遅れやすく、対策も取りづらいのが厄介な点です。日本では数千人にひとりという低い水準の罹患率であり、研究も進まず、専門医もほとんどいません。「特発性」とは、原因が解明されていないという意味です。

特発性過眠症が原因とみられる交通事故の裁判例

2014年7月、福岡・那珂川町の路上で、自動車が歩道に乗り上げ、はねられた70歳の男性が死亡する人身事故が発生。20代の女性が過失運転致死の容疑で逮捕されました。
女性は、事故の4日前から体調を崩していたようです。事故当日、病院で検査を受け、「異状なし」との診断が出た後に、車で勤務先へ運転している途中で発生した交通事故でした。
事故後、睡眠障害のひとつである「特発性過眠症」と診断されましたが、このことを事故前に知らなかった状態で、車の運転を中止しなかったことに過失があったかどうかが争点になりました。
2016年2月、福岡地方裁判所は、無罪を言いわたしました。たとえ体調が悪くても、それが睡眠障害のせいだと予見するのは困難であり、「運転を中止する義務があったと認めるには合理的な疑いの余地が残る」との理由を付しています。

4 人身事故を起こせば、危険運転致死傷罪となります

2014年の改正により、「重度の眠気の症状を呈する睡眠障害」の影響で、結果として「正常な運転が困難な状態に陥り」人身事故を起こせば、危険運転致死傷罪となります。
飲酒運転や危険ドラッグ運転などといった悪質な運転と同じ扱いになっていますので、睡眠障害に対して差別的な規定だとの批判もありますが、それだけ睡眠障害の症状を自己管理する責任がドライバーに課されたことになります。

◆ 自動車運転死傷行為処罰法 第3条(危険運転致死傷)
1 アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は12年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は15年以下の懲役に処する。
2 自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。

◆ 自動車運転死傷行為処罰法施行令 第3条(自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気)
 法第3条第2項 の政令で定める病気は、次に掲げるものとする。
  六  重度の眠気の症状を呈する睡眠障害

5 睡眠障害で、運転できる場合、できない場合

「重度の眠気の症状を呈する睡眠障害」は、運転免許の拒否や保留の根拠となります(道路交通法 第90条1号ハ 道路交通法施行令 第33条の2の3第3項第2号)。

その事項を公安委員会がチェックするため、免許の更新の際には、「質問票」というものが渡されます。それぞれの質問に“はい”か“いいえ”の2択で回答しなければなりません。
質問の中には、「過去5年以内において、十分な睡眠をとっているにもかかわらず、日中、活動をしている最中に眠り込んでしまった回数が週3回以上となったことがある。」というものがあります。
お気づきの通り、ナルコレプシー、特発性過眠症、睡眠時無呼吸症候群、いずれの疾患にも当てはまりうる質問です。
思い当たるところがあれば、たとえ医師から病名を告げられたことがなくとも、“はい”と答えなければなりません。

※虚偽申告は道路交通法違反の罪となり、1年以下の懲役、または30万円以下の罰金に処されます。

ただ、“はい”と申告したからといって、必ずしも免許の更新が拒否されるものでもありません。5年前に酷い眠気が続いたことがあったけれども、現在は克服しているものと医師が診断してくれれば問題ないわけです。仮に、「現在、睡眠障害で昼間に重度の眠気が生じるおそれがある」と診断されても、将来、半年以内に回復の見込みがあれば、免許の「保留」や「停止」といった穏当な処分で済みます。

◆一定の病気に係る免許の可否等の運用基準(警察庁交通局運転免許課長通知)

◇6 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害
(1) 医師が「現在、睡眠障害で重度の眠気を生ずるおそれがあり、6月以内に重度の眠気が生じるおそれがなくなる見込みがあるとはいえない」旨の診断を行った場合には拒否又は取消しとする。
(2) 医師が「現在、睡眠障害で重度の眠気を生ずるおそれがあるが、6月以内に重度の眠気が生じるおそれがなくなる見込みがある」との診断を行った場合には6月の保留又は停止とする。(医師の診断を踏まえて、6月より短期間の保留・停止期間で足りると認められる場合には、当該期間を保留・停止期間として設定する。)
(3) その他の場合には拒否等は行わない。