「少年だけでなく、自分も変わった」 家庭裁判所調査官からの転身 / 稲谷 陽一郎 弁護士


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– 稲谷先生が家裁調査官になった当時は、どんな少年事件が騒がれてましたか。

神戸の酒鬼薔薇事件とかですかね。ですから、少年事件の厳罰化方針のまっただ中だったような気がします。私自身、その当時の厳罰化の方向性自体に異論はなかったものの、一方で少年法には「保護」や「更生」が大事な目的として謳われているわけです。その意味は一体何であるのか。それを知らないまま厳罰化を言うのもおかしかろうという感覚はあったので、それが職業選択のきっかけにもなりました。

そして、私の指導官として就いてくださった方が女性で、とても繊細な感性をお持ちでした。他人の痛みや気持ちを汲み取る力が極めて優れていて、私から見たら、まさに離れ業と言ってもいいほどでした。その方のもとで仕事をしていくうちに、その少年がなぜそのような罪を犯したのか、どれほどの重荷を背負って生きてきたか、そういった背景事情やメカニズムを理解できるようになっていきました。

私の今までの人生とは比較にならないほどの重荷を、少年たちは自らの意思に沿わない形で背負うことになり、それを自分自身で整理できず、心の中に抱え込んでいる。その大きな重荷が非行というかたちで発露しているわけです。

今も昔も、こうした非行が起こる構造自体にあまり変わりはないので、マスコミが報道するような、特異でショッキングな出来事ばかりに目を向けて、一般的に少年事件が凶悪化しているというように考えるのは適切でないと思います。もちろん被害回復が不可能な事件が起きてしまった場合に、被害者や遺族を置き去りにして少年保護ばかりを謳うのも適切ではないですが、基本的なスタンスとして、「責任を取れ」と、やり玉にあげるアプローチだけで解決することはないだろうと考えるようになりました。このあたりが自分の大きな変化だと思います。

私の価値観を大きく変える経験をさせてくれた指導官は、私にとっての「第二の母」ともいえる存在ですが、この経験は、仮に弁護士以外の仕事に就いたとしても生きただろうと思います。

現在、社会全体が価値観の多様性を損なわせ、自分と違う価値観や意見の人は許せないと、責め立て、排斥する人が増えているような印象を受けますが、できれば多様な価値観を認め合える社会になってほしいと思います。大人になっても、考えは変えられるわけですし、もっと柔軟にといいますか。

学生時代に果たせなかった夢を、再び呼び覚ます

稲谷 陽一郎 弁護士

– 家庭裁判所調査官をなさっていた当時の仕事が、今の弁護士としての仕事に生きているようなことはありますか。

結果的に、離婚や相続などの家事事件のご依頼を多く受けている実感はありますし、家庭裁判所の事件に関しては、その経験と知識が生きているのは間違いないと思います。

また、家裁云々を別にして、事件、すなわち人間の紛争というものは、発生したその時、その場所、その状況だけが問題というわけではなくて、そこには必ず背景があるということを意識的に実感できたということも、今に生きていると思います。

事件を解決する上でベースとなるのが、法律的な観点から、権利義務関係がどうなっているのかという点であることは間違いないですが、実際の紛争では、相手方や依頼者がずいぶん拘っている事柄があり、法律議論をしているだけではどうしても咬み合わないということもよくあります。こういう場合は、どこを手当てしないと解決しないのかを把握する必要が出てきます。代理人としては、そこに紛争解決の対価性があるかを判断していくわけですが、そのためには、当事者が拘っている背景事情の意味や重さを推し測るとともに、それに対する評価まできちんとできなければ、適正な解決にはなかなか結びつきません。こうした場面では、家裁調査官での経験が生かされているところがあるような気もします。

– 調査官から弁護士に転身なさったのは、どのような思いがあったのですか。

調査官もやはり公務員ですので、事件と関わることができるのは、事件が続いている限りという制約があります。終わったら関われません。とは言っても、やっぱりその後は気になります。あれだけ深く関わっておいて、はい終わり、というのはなかなか切り替えが難しい。それに、お礼の手紙とともに品物が送られてくることもあるのですが、それも立場上マズいとくる(笑)

– どうするんですか。

送り返すんです。「ごめんなさい、受け取れません」という趣旨のお詫びの手紙を添えて。(泣)

まあ、御礼の品物云々というのはさておき、事件への関わり方という意味で、公務員と弁護士はかなり違います。弁護士もどこまでやるかという問題はいろいろあるでしょうが、継続的に関わるということ自体に、法的な制約はありません。そうしたところに魅力は感じました。

また、すでにお話ししましたように、以前に司法試験を受けていましたので、当時果たせなかった目標を達成してみようと思うようにもなりました。調査官の経験を経て、考え方なども少し柔軟になったので、法曹としても良い仕事ができたらという思いもありました。

– ロースクールに行かれたのですか。

いえ、旧司法試験というものが終わりかけの時期で、8年ぶりに受けてみたら、幸運にも通ってしまったというようなものでした。もちろん受験前は相応の勉強はしましたが。

– 弁護士に転身した当初は、たとえば少年事件に強い弁護士になろうとか、そういった将来への思いはあったのでしょうか。

まずは、弁護士として、普通に一人前に独立できるようになろうと考えていました。勤務弁護士として雇っていただいた前の法律事務所で、交通事故、労働事件、法人破産事件、不動産関連、債権回収、保険審査、各種企業法務などなど、大きな事件から、企業内での具体的な紛争にまで至っていないトラブルの法律相談まで、多様な種類の案件を数多く扱わせていただきました。また、知力体力ともに極めて優れたボスや先輩弁護士の先生方がたくさんいらっしゃったので、弁護士としての基本的な技能や心構えを学ばせていただきました。最初はとにかく、「何でも修行」という意識でした。

– 家裁の調査官から弁護士に転身した方は、やはり珍しいのでしょうか。

裁判所書記官や裁判所事務官の経歴をお持ちの方はたくさんいらっしゃると思いますが、調査官出身者というのはほとんどいないのではないでしょうか。心理学とか、社会学とか、別に学習しなければならない分野もありますし、先ほど申したように、法的な思考回路とはちょっと違うところもあるので、畑がそもそも共通でないと言えるかもしれません。私が知る限りですが、調査官経験のある弁護士というのは、おそらく全国でも数人ぐらいではないかと思います。