脳裏に「死」がよぎるほど追い詰められた人々を、法の力で支えたい / 巨瀬 慧人 弁護士


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逮捕直後の被疑者のもとに駆けつける当番弁護士制度は、現代では全国に普及し、公民の教科書にも掲載されているが、1990年に日本で初めて導入したのは大分県弁護士会である。

そして、その大分県弁護士会は、2017年春から、また全国初の新たな当番弁護士制度をスタートさせたという。その制度作りに携わった、おおいた市民総合法律事務所巨瀬慧人先生にお話を伺った。世間の片隅で苦しんでいる人々に寄り添う法律家の生き様を垣間見るインタビューとなった。

「母のような人」を助けたくて弁護士に

– 弁護士を目指される前に、ミュージシャン活動をしていたそうですね。

大学在学中に音楽活動をしていまして、いろんな人から応援をしてもらえたものですから、すっかりのめり込んでしまい、就職活動はせずに、法科大学院に進んで音楽を続けていたんです。

正直、当時は半分モラトリアムのような気持ちで法科大学院へ進んだという経緯がありまして、恥ずかしながら、当初は、法律家になろうという強い信念ははなかったかもしれません。

– どういった音楽なんですか。

ギターでの弾き語りです。ソロで活動していました。ブログのプロフィールページにも音源を載せています。

– 音楽に目覚めたきっかけは何だったのですか。

昔から、綺麗な歌声だねと褒められたことがありましたし、ピアノを弾いたりもしていましたので、もともと音楽は好きでした。兄はピアニストをやっていますし。

ええかっこしいなので、歌がうまいと褒められたら、曲も作りたくなったんです。今後も、時間があれば、曲を作っていきたい気持ちは、無くはありません。

– プロのミュージシャンになろうという思いがあったんですね。

はい、そういう気持ちで活動していたんですが、法科大学院で勉強しているうちに、「これは大切なことを学んでいる」と気づいたんです。「人の役に立つ勉強だ」と。
法学部にいた頃には、正直あまり勉強してなかったんですが、法科大学院に進んでから、強くそう思うようになりました。

– 具体的には、どのような勉強が人の役に立つと実感なさいましたか。

私は母子家庭で育って、母の大変さを知っていたので、母のような人々を助けたいという気持ちが潜在的にあったのだと思います。離婚に関する法律を学んでいるときに、その重要性を実感しました。

– では、当時の希望を、現在の巨瀬先生はかなり叶えていらっしゃると考えてよろしいでしょうか。

そうですね。おかげさまで、やりたかった仕事を果たせているという実感はあります。「あの頃、弁護士としてやりたかったのは、今のこういう仕事なんだろうな」と日々思っています。

– 弁護士になられて、こちらの事務所で活動なさっているわけですが、大分には何か御縁があったのでしょうか。

司法試験合格後すぐに結婚しまして、妻の実家が大分にあって、地元に帰りたいという希望がありましたので、それを優先しました。

– お優しいですね。

いえ、夫婦の力関係の結果だと思います(笑) 妻が5つ歳上ですし。

– 奥さまも感謝なさっていると思いますよ。おおいた市民総合法律事務所には、やはり母子家庭や離婚問題などの案件が多いということで、お入りになったのですか。

そうですね。ただ、離婚問題に限らず、辛い状況に置かれている方々の問題解決に関して、ジャンルは多岐にわたります。