無防備な訴訟より、賢明な備えを勧めるコンサルタント / 佐久間 篤夫 弁護士


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都心の市ヶ谷・九段下エリアを拠点とし、米ニューヨーク州の弁護士資格も保有する法律家。苦手だった英語も駆使しながら外国人からの法律相談にも積極的に対応する佐久間 篤夫先生(佐久間総合法律事務所)にお話を伺った。
オンライン相談で、いつでもどこからでも相談に乗れる態勢を整えながらも、「紛争やトラブルのもっと早い段階で法律相談に来てください」と、現状に問題提示する、その真意とは?

イメージと違った法曹界の実情 留学で可能性を広げる

– 弁護士になろうと思われた、きっかけについてお聞かせくださいますか。

家族や親戚に法曹関係者はいなかったのですが、小さいころに無罪判決を勝ち取る弁護士の姿が描かれたテレビドラマを見て、漠然とした憧れのようなものを抱いていました。

大学進学時も、会社員になるにしても法曹界を目指すにしても東大法学部がベストと思って挑戦したのですが入れませんでした。弁護士になるには当時最難関の国家試験と言われた司法試験に合格しなければならないことは知っていましたし、司法試験を受験するなら絶対法学部に進学した方が良いとも言われました。

でも、合格できるかわからないので、他大学の法学部に合格していましたがあえて就職に有利と言われた他学部に進学しつつ、当時の、今で言う旧司法試験は法学部卒でなくても受験できたので、挑戦はしてみようと考えました。いずれ法律の専門家になるなら、大学4年間くらいは別のことを学んでもよいだろうとの考えもありました。

– 司法試験の勉強を経て、当時は、どのような法律家になろうという思いは生じていたのでしょうか。

受験生の頃は、憲法の基本的人権という分野に強い興味を覚えました。国家権力の乱用を防ぐための三権分立とか司法権の独立といった制度、弁護士がその司法権の発動に関わる仕事をする職業であることがわかり、弁護士という職業への憧れと関心が高まりました。実際に司法試験に合格した年には、中国で天安門事件が起き、「これで中国が民主化されるのか」と期待しながらニュースを観ていて、結局はその時はそうはならなかったようでしたが、やはり国家権力と戦える力を持てる職業につくなら、基本的人権を守るために戦わなければ、といった意識は持ちましたね。

– そうだったのですか。

ただ、とある地方都市に司法修習へ行って、弁護士の実際の仕事ぶりを初めて目の当たりにして、弁護士の仕事に対するイメージがだいぶ変わりました。

– いったい何があったんでしょうか。

当事者にとっては大きな問題なのだと思いますが、細かい数字の計算が必要になる破産事件や境界線の10数センチを争う事件とか、日常的にはとても地味な仕事を扱う職業なのだとわかりました。自分が弁護士という職業に興味を持つきっかけとなった刑事事件も、まだ裁判員制度が導入される前でしたが、いざ携わってみると実は有罪になる事件がほとんどだったし、司法研修所での刑事系科目の成績もよくなくて、自分には向いていないと感じるようになりました。

一方で、司法研修所の同じクラスの修習生に誘われて、国際取引における法律実務を専門的に扱う渉外事務所と言われる規模の大きい法律事務所を訪ねてみて、そうした事務所から留学もさせてもらって何か大きな仕事をしてみるのも面白いかな、という考えも持つようになりました。

– それで国際取引専門の弁護士を目指すことになったのですか。

うーん、必ずしもそうではなくて。弁護士になった時には東京にある渉外事務所と言われる法律事務所で働き始めて、留学をさせてもらうつもりでいたのですが、留学はしたいと思いつつも、どうしても金融や証券取引に関する法律実務に興味が持てなくて、1年半で辞めてしまいました。M&Aの仕事などは面白そうだとは思いましたが、弁護士の仕事は組織変更までのプロセスを手伝うものでしたが、本当に大事なのはM&Aをした後にどのように事業を運営して行くかではないのか、という思いが強かったのです。でも、それは基本的に弁護士の仕事ではないんですね。

– でも、留学はされたんですよね。

はい。最初に勤めた事務所では新社会人としては高額の給料をいただいていました。事務所を辞める前にその蓄えで留学できないかを検討し、何とかなるとの見通しを立てて事務所を辞め、最終的には全額自費でアメリカのロースクールに留学しました。

– それはまた、凄い覚悟ですね。

実は、中高生時代には英語は嫌いな科目でした。でも、ロースクールに留学するにはTOEFLという英語力判定テストでかなりよいスコアを取らなければならなかったのです。留学のための準備に1年以上の時間が必要でしたので、個人で国際取引も扱っているベテランの弁護士の事務所に籍を置かせてもらい、仕事半分で留学のためのTOEFLの勉強をさせてもらいました。

当時、すでに20代終わりで記憶力も衰えつつありましたから、TOEFLに出る英単語を覚えるとか、とてもつらかったです。思うようにTOEFLのスコアが伸びず不安だらけでしたが、何とか最終的には留学先が決まり、自費で留学に出ることになりました。