無防備な訴訟より、賢明な備えを勧めるコンサルタント / 佐久間 篤夫 弁護士


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帰国後に不安だらけの独立開業

佐久間 篤夫 弁護士

– アメリカのロースクールの勉強って大変だと聞きますね。

私が留学したのは2学期1年で修了する修士課程でした。英語力に不安を感じつつ留学に出ていましたが、まず、授業で先生がしゃべっている英語が聞き取れない。今思えばよく卒業できたなと思うんですが、予習も間に合わないまま授業を受けノートも取れない。でも必死でした。

8月に入学し翌年の5月に卒業となりましたが、全然留学して英語が得意になった気がしない。このまま日本には帰りたくないと思いました。よく渉外事務所から派遣される弁護士は、学生ビザのまま1年間実務研修として仕事ができる制度を利用して、提携先のアメリカの法律事務所で仕事をすることが多いのですが、自分にはそんな法律事務所のあてはありませんでした。

ロースクール在学中から、アメリカ各地の法律事務所の連絡先が掲載されている電話帳のような本を見て、卒業後に学生ビザのまま1年間仕事ができるので研修生として雇ってもらえないか、という照会状を履歴書とともに片っ端からのべ320か所に送りつけたのですが、全部だめでした。

そこで、それまでに履歴書を送ったことのない小規模な事務所でも自分と同じロースクールの卒業生がいるところを選んで、6か所にさらに履歴書を送ってみたところ、すぐに2か所から連絡が来ました。その後もいろんなことがあったのですが、結論から言えば、卒業して5か月後にニューヨークのマンハッタンにある法律事務所に研修生として置いてもらえることになりました。

– アメリカで弁護士が就活するというのは、そういうものなんですね。

ニューヨークの法律事務所で仕事を始めて1か月くらい経った頃に、その夏に受験したニューヨーク州弁護士の司法試験の合格通知を受け、翌年5月にニューヨーク州の弁護士として登録をしたところ、最初は学生ビザが切れる1年で日本に帰るつもりだったのですが、もう少しニューヨーク州の弁護士として仕事をしないかと引き留められるなどして、結局2年近く働くことになりましたね。

– 仕事内容としては、どういうものでしたか。

移民法関係の仕事を中心に扱っていました。日本企業が設立したアメリカ法人に赴任する駐在員のために、ビザ発給の申請をする仕事です。その事務所は訴訟実務を中心に扱う事務所でした。私に日本人や日本企業のクライアントを紹介してくれるんじゃないかと期待していたはずですが、日本の顧客でニューヨークの裁判所での裁判に巻き込まれた顧客を紹介できるあてもなかったので、事務所の顧問先の日系企業に派遣される駐在員のためにビザ関係の世話をする仕事を担当していました。

– 日本へ帰国後も、渉外事務所に移られたのですか。

渉外事件専門ではなかったのですが、英語ができる日本の弁護士を探している事務所に籍を置かせてもらい、英文契約書の翻訳などのお手伝いをしました。ただ、事務所の所長が専門とする分野に自分はあまり興味が持てなかったので、2年ぐらい勤めて退職した後、しばらく別の事務所で机だけ借りて1年半で独立開業しました。自分の場合、日本やアメリカのいろいろな法律事務所を渡り歩いてしまったのですが、自分が思うとおりに仕事をしてみたいと思って独立開業をすることにしました。

– この事務所を立ち上げられたときに、苦労なさったことなどはありますか。

最初は東京都内にある新宿御苑の近くで開業しました。固定客をほとんど確保できていなくて、不安だらけでした。当時は弁護士がホームページから集客するという試みも、ほとんど行われていなかった時代です。でも、先輩からの顧客の紹介などもあって、徐々に仕事が増えてきました。割と早い時期からホームページを立ち上げたこともあって、ホームページを見て事務所に連絡して来た方もいました。