「人間として生まれれば、誰もが崇高」障がい者問題に注力する法律家 / 野林 信行 弁護士


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西鉄天神大牟田線の特急停車駅、薬院駅から程近くに、高齢者や障がい者の法律案件に注力する事務所がある。親子2代にわたって、弁護士として、様々な面で 社会的に弱い立場に置かれた人々へ手を差しのべ続けてきた。

コミュニケーションが難しい人もいる。非常に警戒して、なかなか話してくれない。それでも粘り強く、人々に寄り添い、見つめ、対話を続けようとする法律家の流儀とは……?

今回は、野林信行法律事務所代表 野林信行先生にお話を伺った。

強制的な入院をめぐって、患者をサポートする弁護士

– 野林先生は、高齢者や障がい者に関する法律問題にお強いのでしょうか。

高齢者や障がいのある人が地域社会で日常生活を送っていけるようにするため、法律家としてどのように関わるべきか、常に考えてきましたので、法律家として注力している重要な分野になっています。

福岡県では「精神保健当番弁護士」という制度があるのです。

– 逮捕されたときに呼べる、刑事事件の当番弁護士のようなものですか。

それに近いですね。本人の同意に基づかずに入院している方(医療保護入院・措置入院など)が退院や待遇改善を求めているとき、病院に行って相談に乗り、本人に代わって、都道府県(および政令指定都市)の精神医療審査会に、退院や処遇改善の請求を出す役割です。

退院などを希望する方が、弁護士会に電話をかけてくだされば、当番弁護士が精神科病院まで駆けつけて、入院しているご本人に「あなたにはこのような権利があります」と説明し、必要に応じて退院請求の代理人を務めます。

このような精神保健当番弁護士は、現在では日弁連から法テラスへ委託されている事業として全国に広がっているのですが、もともとは福岡県が先駆けです。

– こういう制度があるなんて知らなかったです。

九州では長崎県は今年度実施予定、その他の県ではすでに実施中で,多くの相談出動が行われています。北海道など頑張っているところもありますが,全国的にみると、弁護士会が制度自体を作っていないところも多いんです。

– 地方によって、力の入れ具合に大きな差があるのですね。

私は「精神保健委員会」の委員として、精神保健当番弁護士制度を市民が使いやすいよう、実質を伴うものとして整備する活動もしています。

精神保健当番弁護士として出動すると、病院から20年、30年出られない、という方も少なくないんです。いくら病気、精神障がいがあるとはいえ、人ひとりの人生を病院の中でずっと閉じ込めたまま送らせていいのか、とても疑問です。

弁護士になって5年目ぐらいの頃に、弁護士会からの推薦を受けて、今度は「精神医療審査会」の委員に就任しました。

– 今度は退院請求を審査する立場ということでしょうか。

そうです。審査委員は、弁護士というより、裁判官に近い立場ですね。請求を受けたなら、委員は医師とともに病院を訪れて、入院しているご本人やご家族、主治医のお話を直接聞き取り、それを持ち帰り、委員5名で話し合って退院が相当かどうか決めるのです。

そのような委員活動を月2回、8年ほど続けました。

さらには、2000年に成年後見制度が発足するにあたって、弁護士会で、精神障がいや知的障がいのある人が地域社会で無事に生活を送っていけるために、どのような制度をつくるべきかを話し合う場にも参加しました。今は「高齢者・障害者等委員会」という名前になっています。

成年後見人というのは、被後見人(高齢者や障がいのある人)の生活すべてを見守りますので、日常的な契約から不動産経営まで、ありとあらゆる法律問題に関わります。そこで、様々な法律に対応する知識と能力が必要になります。

弁護士と話すのが「怖い」相手と、どう向き合うか

野林 信行 弁護士

– 弁護士になろうと思われたきっかけについて教えてください。

私は父が弁護士で、それも水俣病や薬害スモン事件の弁護団に関わるなど、社会派の弁護士として活動していました。そういう父の背中を見て育ったので、私の心にもそういう指向性が自然と養われたのだろうと思います。

最初、11年間ほどは、父と一緒に仕事をしていました。それ以降は独立し、こうして仕事をしています。

– やはり、身近な先輩弁護士のひとりとして、お父様に学ぶところも大きかったのでしょうね。

学ぶべきところもあり、反面教師でもあり、というところでしょうか(笑)

現在は消費者問題についても取り組んでいますが、詐欺商法とか訪問販売とか、先物取引でだまされたとか、そういった被害者のサポートをしていまして、消費者問題の被害者にも高齢者や障がいのある人が多いので、やはり問題は繋がっているんですね。

また、医療訴訟に関わると医療に関する基礎知識も勉強しますので、それが交通事故や介護事故で負傷した被害者の救済に生きたりします。

このほかにも、労働問題に携わっています。たとえば、じん肺訴訟。かつては炭鉱で働いていた労働者に関する訴訟で、私も筑豊じん肺訴訟や三井松島じん肺訴訟に関わりました。今も西日本石炭じん肺訴訟に携わっています。炭鉱で働いている方々は、一生懸命働くほど身体がむしばまれていくという不条理にさいなまれていて、裁判になっても今まで誇りに思っていた会社を訴えなければならない苦しさとも戦っていました。

その後に、トンネル工事に従事する方々が被害者になるじん肺問題が発生し、これも国の責任を認めさせました。さらにアスベストに関するじん肺にも繋がっているんですね。

そうした人々の苦しさに寄り添う姿勢をベースに、弁護士活動を考えるようになったのは、父の影響が大きいと思います。