社会に隠れた「障がい者の法律問題」を救い出す、全盲の法律実務家 / 大胡田 誠 弁護士


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京都に本拠を置く、弁護士法人つくし総合法律事務所の東京事務所は、都心のオアシス、新宿御苑のそばに建つビルに入居している。
「今日は暑いですよね!」と第一声、気さくな笑顔で出迎えてくださった大胡田誠先生に、今回はお話を伺った。名刺交換の際に、ご自分の名刺をインタビュアーの手元へ正確に差し出してこられたので、いきなり驚かされた(驚くのも失礼かもしれないが)。

社会の厳しさに晒された大学時代、母親と同級生に救われた

– 弁護士を志そうと思われたきっかけについて、お聞かせくださいますか。

わたしは小学校6年生の頃に全盲になりまして、将来の可能性を閉ざされたような気持ちになったんです。周囲のみんなよりも劣った存在になったと、コンプレックスを感じていました。

そんなとき、中学2年生の夏に、日本初の全盲の弁護士で、この法律事務所の所長でもあります竹下義樹弁護士の『ぶつかってぶつかって』という本に出会いまして、こういう人がいるのなら、自分も弁護士になりたいと思ったんです。

– 憧れの気持ちが芽生えたんでしょうか。

それもありますが、それ以上に「楽になりたい」という気持ちのほうが強かったです。

– どういうことでしょうか。

もしも弁護士になって、誰かに必要とされる存在となり、困っている誰かを助けるために働ける立場になれたら、コンプレックスから自由になり、自分のことをまた誇らしく思えるんじゃないかと考えました。

だから、社会悪と戦う正義感というより、まずは自分が救われたい、助かりたい、自分のために弁護士を目指したかった気持ちが強かったのでしょうね。

– 最初は、そういう気持ちで弁護士を目指そうとお考えになったのですね。ちょっと遡りますが、小学生のころは、どんなお子さんでしたか。

本を読むのが好きでした。口幅ったいですが、結構、勉強もできたんですよ(笑)

– そうでしょうね(笑)

学級委員を務めたりもして、友達とサッカーで遊ぶのも好きだったんですが、目が見えなくなって、外を自由に歩くことすらできなくなり、今まで当たり前にできていたこととの落差が大きく、精神的に落ち込みました。

– 好きだった本も読めなくなってしまったわけですよね。点字をおぼえるまでの間でしょうけども。当時は、オーディオブックなどもほとんど無かったでしょうか。

当時も、本の内容を読み上げた音声が録音されているカセットテープが売られたりしていました。でも、本が自由に読めなくなった現実が、自分にとって大きい出来事でしたね。

他人の視線も気になっていました。「そんな簡単なこともできないのか」と笑われてるのかなとか、「可哀想に」と同情されているのかもしれないと考えて、ずっと仲の良かった友達とも、どんどん距離が離れていきました。

– 中学校・高校と、いわゆる盲学校で学ばれたのですね。でも、慶應大学へ進学されて、環境は大きく変わったのではないですか。

中高までは、いわば守られていた空間でした。そこから大学へ進んで、初めて直接、社会と接点を持ったといえるかもしれません。

そもそも、全盲の私を受け入れる大学が少なかったんです。安全上の問題が保障できないといわれたり、願書を出しても「今年は難しいので、来年来てください」と言われてしまったり(笑)

– 体のいい断りですね。

また、住まいを探すために、母と一緒に大学近くの不動産屋をまわったのですが、物件をなかなか紹介してもらえないんです。「火事が出たときに危ない」「段差があるから危険です」などの理由で、断られ続けて、夕方になって帰り道で、母が泣き出してしまったんです。「本当にごめんね」と言いながらです。自分に障がいがあることで、親に謝罪をされて、「世の中、おかしいんじゃないか」と思ったのを覚えてます。

母はいつも明るい人柄で、息子に障がいがあることをネガティブに捉えることが全くない人なのですが、せっかく受験を頑張って合格した息子のために、部屋も借りてあげられないということで、精神的に追い込まれて辛い気持ちになってしまったんでしょう。

– 悔しさもあったでしょうね。

この出来事は、私自身もこたえましたね。

– 努力だけでは克服できないこともあるでしょうからね。お住まいは、どうなったのですか。

慶應のキャンパスは横浜の日吉にあるのですが、部屋を借りられたのは相模原市内の下宿でした。

– なかなかの距離ですね(笑)

そうなんです(笑) 電車を2本乗り継いで1時間以上かかりますが。

– 目が見えないわけですから、長い距離の移動には細心の注意がいるでしょうね。

そうですね。授業が始まってからも、私が点字を使ってノートをとる音がうるさいというクレームが入っている、講義室の端へ行きなさいと、教授から公の場で言われまして、これもまた精神的にこたえました。

思わず涙ぐんでしまったんですが、すると他の学生が「うるさいという人がいるなら、その人が別の席へ動けばいいじゃないか」などと、あちこちから声を上げて反対してくれて、いわば私を弁護してくれたわけですよ。最終的には、好きな席で講義を受けていいことにはなりました。

この経験は私にとって重要で、他人から弁護してもらえるって、こんなに心強く温かい気持ちになれることなんだと思い知りましたし、もし、同じような状況に追い込まれている人、今まさに困難に直面していて、社会的に声を上げられない人がいるのなら、弁護士になって力を貸したいと、強く決意したきっかけでもありました。