知財のスペシャリストとして高いレベルのリーガルサービスを提供 / 藤田 知美 弁護士


このエントリーをはてなブックマークに追加

弁護士法人イノベンティアと特許事務所イノベンティアからなる「イノベンティア・グループ」は、弁護士6名、弁理士5名、外国弁護士1名、事務職員7名を擁する、事業者向けのリーガル専門家集団。この度は、同グループのパートナーである藤田 知美弁護士のお話を聞く機会を得た。

ドラマをきっかけに法曹を目指すように

– 弁護士を目指したのはドラマがきっかけだとお聞きしました。

小学生の頃に法廷ドラマを見たことが法曹の世界を知るきっかけとなり、その後自分で弁護士や裁判官の仕事について本で調べ、興味を持ちました。
「七人の女弁護士」(釈由美子さんではなく賀来千香子さんが主演の古い方です)を見て、女性が弁護士という難しい資格を持ち、輝いて仕事をしている姿に刺激を受けたのです。法曹という仕事を知り、私も資格を取って、仕事をしたいと思いました。

– 当時合格率が3%程度だった旧司法試験に、大学4年生のときに合格されたそうですね。小学生で法曹に興味を持ち、その後中学から大学まで、どのような生活を送っていたのですか。

試験に備えてずっと勉強していたというわけではなく、中学・高校ではバスケットボール部に所属し、いずれも3年生の夏の大会が終わるまで、ほぼ毎日練習をしていました。あと、中学では高校受験直前の12月まで生徒会役員もしていました。疲れていても時間がなくても、短時間で集中して勉強する習慣や、根性は身についたような気がします。京都大学法学部に進学してからは、テニスサークルに所属し、バイトもしていました。司法試験は、一緒に勉強を始めた受験仲間に恵まれ、大学4年生のときに無事合格することができました。法律の勉強は、覚えることも多いのですが、論理の組立で数学に近い部分もあり、面白いなと思いました。

司法修習を経て、弁護士になろうと決める

– 法曹の中でも弁護士になろうと思ったのはなぜですか。

修習中は裁判官も考えましたが、弁護士になろうと決めたのは、裁判以外の仕事もできる弁護士により魅力を感じたからです。弁護士は、相当もめてから開始される裁判だけではなく、契約書作成や契約交渉などの予防法務や、紛争になった後裁判になる前の交渉でも活躍できます。また、よりビジネスに近いところで仕事ができるのも魅力的でした。

弁護士キャリアのスタート

藤田 知美 弁護士

– 弁護士登録後は、どのような事件を担当されたのですか?

当時私が入所した北浜法律事務所は、民事再生、会社更生、破産等の倒産事件を多く取り扱うとともに、M&A、債権回収、保険法務、労働法務、知的財産等、様々な事件を扱っていました。弁護士になって最初の数年はいろいろな事件を担当させるというのが事務所の方針で、私も沢山の事件を担当しました。顧問先企業の日々のご相談から、各種訴訟事件や大型倒産事件、M&Aも多数経験しました。

– 知的財産案件を担当されることになったきっかけは?

私が弁護士になった頃、現事務所(弁護士法人イノベンティア)の共同創業パートナーである飯島歩弁護士が、ちょうど米国留学と特許庁への出向を終えて北浜法律事務所に復帰していました。1年目に担当した訴訟案件で私の書いた書面を評価してくれて、飯島弁護士が専門的に取り扱っていた知的財産案件についても、声をかけてもらうようになりました。

パートナー就任、弁護士法人イノベンティア創業

– 31歳のときに北浜法律事務所のパートナー弁護士に就任されました。

パートナーとして迎え入れてもらったことは、大変嬉しかったです。
飯島弁護士とともに知的財産チームのパートナー弁護士を務め、仕事も一緒にしていたので、飯島弁護士が独立すると聞いたときには、迷いましたが、一緒に新しい事務所を立ち上げる道を選びました。
北浜法律事務所では、アソシエイトとして7年間強、その後パートナーとして4年間強、10年以上にわたり本当にお世話になり、心から感謝しています。