メーカー、IT企業などの専門的・国際的法務ニーズに応える / 知財・国際争訟専門家集団 弁護士法人イノベンティア 代表 飯島歩弁護士


このエントリーをはてなブックマークに追加

最初は苦行だった特許

飯島 歩 弁護士

– それで94年に北浜法律事務所に入られたとのことですが、なぜ北浜法律事務所をお選びになったのですか。

北浜法律事務所は当時から倒産法に強い法律事務所なんですが、自分自身、家業をたたんで、新たに事業を始めるのを身近で見たので、倒産法や事業再生をやろうと思ってました。

– 94年というとバブル崩壊で、倒産法ですととても忙しかったのではないですか。

新人時代は、確かに忙しかったと思います。でも、ダラダラ仕事をするのが好きではなくて、「土日は職場の方向に顔を向けるのも嫌だ」なんて生意気なことを言っていたくらいなので、可能な限り18時に帰ると決めてました。弁護士1年目で子供が生まれたんですが、妻も弁護士で家事も半々と決めたので、何しろ18時に切り上げる、というのをやってました。先輩に「また早引きか」とか言われながら。

– それをずっと続けてきたんですか。

いや、無理です(笑)。2、3年目になって仕事も分かってきて、どんどん案件を振ってもらえるようになって、その頃からですかね、一時期は毎日夜中までというスタイルになりました。でも、何度も態勢を立て直して、パートナーになってからも、オンとオフを切り分けて、なるべく早く帰り、土日は休む、ということは実践してました。アソシエイトに手伝ってもらえるようになってからも、みんな私が土日は働かないことを知っているので、計画的にドラフトを上げてくるようになりました。ボスが土日に働きすぎるのはダメですね。

– アソシエイトの頃お世話になった先生についてお聞きしてもよろしいですか。

北浜は特定のボスにつくシステムではなかったので、先輩がみんな先生という感じでしたね。北浜の良いところです。いくら憧れても、誰かのスタイルをそのまま真似なんてできないので、いろんなスタイルを見ながら自分のやり方を確立していくしかない。それで、できるだけいろんなパートナーと均等に仕事させようということで、案件が割り振られるのです。当時だと、八代紀彦先生(2001年鬼籍)、佐伯照道先生、天野勝介先生、中島健仁先生(2007年鬼籍)、森本宏先生の5人が特に指導を受けた先輩でした。緻密な理論家だったり、交渉上手だったり、それぞれに特長があって、個性も強くて、公私ともに学ばせて頂きました。

– 倒産法をメインにされている法律事務所に入所されて、どういう経緯で飯島先生の注力分野が特許になっていったのでしょうか。

倒産事件って、会社を丸抱えで面倒を見る、というようなところがあるので、あらゆる法律問題が出てくるんです。それで、私くらいの世代の弁護士が、それぞれ倒産法以外の自分の得意分野を見つけていったんですが、私の場合、それが特許だったんです。選んだのが特許という専門性の強い分野だったので、北浜法律事務所では専門化推進の最右翼になりましたね。全体的にジェネラリスト志向の強い事務所なので、最後まで異端だったと思います。

– 特許に関心を持った理由はありますか。

身近な経験でいうと、家業で、父が発明したある加工装置を巡って特許のトラブルがあったり、子供の頃、父が「特許を取れ」と言っていたこともあって、何となく興味はありました。それと、元々性格が理科系志向なんだと思います。算数は苦手でしたが、科学系が大好きで。

– でも、文系に行きましたよね。

私、実は赤緑色盲なんです。昔は赤緑色盲の人間は理系に行っちゃいけないと言われていて、自分は理科系に行ってはいけないのだと信じて育ったんです。性に合う仕事を見つけたので結果オーライですが、今から思えばひどい話ですね。それでも、子供のころは、創刊から毎週「ニュートン」を読んで、ブルーバックスとか、科学系の本を漁って読んでました。コンピュータ・プログラムのアルゴリズムを考えるのも楽しかったですね。

– それで、弁護士になってからも理系の仕事が面白いと思った。

うーん、技術的要素の強い案件は楽しかったですが、特許はやはり苦行でした(笑)。明細書なんて、見るのもうんざりでしたね。当時の感覚としては、「縦のものを横にしたら同じかどうか」みたいな議論に思えて、「こんな辛気臭い仕事、やってられるか!」というのが正直なところでした。ただ、北浜法律事務所は先ほども申し上げたとおり、倒産法の弁護士ばかりでしたので、技術系の案件が来ると、「これ飯島が好きそうやな」ということで投げられるわけです。

– 知財事件の件数は多かったのですか。

当時の北浜は、本人たちもクライアントも知財の事務所とは思ってなかったので、大した件数の依頼はありませんでした。それでも、大阪では弁護士数が多い事務所だったので、特許に限らず技術系の事件が大小問わず私に集中すると、そこそこにはなるわけです。やっているうちに少し勝手も分かって楽しくなってきた、という感じでしょうか。

– 当時、事務所に特許事件を扱っている先輩はいなかったんですか。

たまたま案件が来たら受けるだけで、専門的にやっている人はいませんでした。2、3件やったら専門家みたいな感じでしょうか(笑)。私ともう1人の同期が特化し始めたのが最初だと思います。

– 最初は苦労したでしょうね。

確か入所2-3年目にボスのお客さんの特許事件に関わらせてもらいました。その事件は訳が分からないままでしたが、何となく様子が分かると、今度は逆に訳が分からないほうが一生懸命勉強するんですよね。怖いので。お客さんの立場に立つと、今から思えば恐ろしい状態だったと思いますけど、暗中模索の状態でやりながら学んでいったという感じです。今でも親しくお付き合いいただいている弁理士の鳥居和久先生が、侵害訴訟の経験も豊富な先生で、いつも親切に仕事を教えて頂けたのが大きな安心材料でした。

– どのようにして勉強されたのですか。

教科書はもちろん一生懸命読みました。でも、手頃な入門書もあまりなかったので、判決を読み解きながら勉強するのが一番効果的だったと思います。よかったのは、当時は判決書にまだ古いスタイルが残っていたんですね。当事者の主張や認否がきれいに整理されているんです。裁判官が整理してくれた主張の組み立てで弁護士も書面を書けばよいわけですから、良い教材なんです。まあ、もちろん、それでもよく分からないことだらけだったので、師匠が欲しかったし、今でも誰かにきちんと師事したいという思いがあります。

– 特許以外も扱われているのですか。

コアなのは特許で、私の取扱事件の大半を占めます。残りは商標法、著作権法、不正競争防止法、それから、何らかの形で技術やブランドが関連した仕事ですね。ITの案件も多いです。特許以外でも、知財やITなら、平均的な弁護士より詳しいと思いますよ(笑)。今でも自分でプログラムを書きますし。