あなたに都合のいい回答をする弁護士が、いい弁護士とは限らない。 / 理崎 智英 弁護士


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東京の裁判所がある霞が関から程近い、日本を代表するオフィス街、虎ノ門で法曹活動を行っていらっしゃる理崎智英先生(高島総合法律事務所)に、お話を伺った。
仕事もプライベートも、厳しくストイックに道を究めようとする理崎弁護士の、意外な趣味の話も聞くことができた。

故郷の福島で、被災者のために尽力

– ご出身は福島県で、東日本大震災のときも、福島市内の法律事務所でお勤めだったそうですね。震災直後は、被災者の法律相談に追われたのではありませんか。

福島の弁護士会単位でも、津波があった浜通りで相談会を開いたりしていましたし、それとは別に、事務所でも独自に所属弁護士を派遣して支援をしたりしていました。

– どういった相談が多かったですか。

家が津波で流されてしまったんだけど、残っている住宅ローンはどうなるのか、といった内容が多かったですね。

ただ、震災直後の段階では、法律相談というよりも、被災者の話し相手になっていた感覚が強かったです。避難所で相談に乗っているんですが、あまりお金にならなかったですね。皆さん、お金も持っていらっしゃらない。

– そうですよね。浜通りだったら、財布とか預金通帳が津波で流されたりとか。

それもありますし、まして、まだ東京電力に賠償請求するという話も出てきていません。

– たしかに、無償奉仕は大切ですが、プロの弁護士さんがそれを長く続けるのも限界がありますしね。

被災者向けの法律相談をしばらく続けていて、のちに、福島第一原発の事故に関して、避難生活を余儀なくされた被災者から東京電力に損害賠償を求めるという話になりました。賠償の対象者は2万人ぐらいいたかと思います。

ただ、東電の中で定められた基準に従って、画一的に処理しなければならない、基準以上の賠償には応じられないという返答がありまして、そこから弁護士が交渉に入ることになりました。

– 今でも被災地での支援は続けていらっしゃるのですか。

いえ、続けたのは震災から3年目ぐらいまでですね。ただ、今でも東電の問題に取り組んでいる弁護士はいらっしゃいますし、東京から福島にたびたび通っている方もいます。

– いずれは福島に戻られることも考えていらっしゃるのですか。

今すぐは考えていないですが、ゆくゆくはそうなっていくかもしれません。実家もありますし。

一時期は、官僚に憧れた

理崎 智英 弁護士

– この仕事の面白さといいますか、醍醐味は何でしょうか。

たくさんの仕事を同時並行的に進めているところでしょうか。たとえば、自分の中のイメージとしては、たくさん並んでいるテレビモニターに、一つひとつの案件を映し出しているような感覚があります。

– 一歩引いて、多くの事件を俯瞰で眺めているような感じでしょうか。

そうですね。ひとつの事件に集中しすぎると、周囲が見えなくなってしまうことがあると思います。

– 弁護士を目指したきっかけについて教えていただけますか。

じつは、ちゃんと説明できるようなきっかけがないんですよね。大学で上京して、周囲に司法試験を受けようと目指す人が多くて、それに影響されたんでしょうかね。流されたわけではないんですが。

– 弁護士を目指す前は、何になりたいと思っていましたか。

官僚になりたいと思っていました。警察官僚です。

– そうなんですか!

弁護士とは正反対ですけどね(笑) 『踊る大捜査線』の室井管理官に憧れていたんです。

– たしか東北出身ですよね、設定が。

でも、その気持ちは、いつの間にか萎んでいました。そんなに固い決意じゃなかったのかもしれません。

– でも、今こうして弁護士としてご活躍中なわけですが、ターニングポイントのようなものはあるのでしょうか。

そうですね……。難しいですが、強いて言えばですね。小さい頃に、おじいちゃんがいて、町の助役をやっていたんです。市でいえば副市長のような役割です。

それで、町長さんとも仲良くなって、家にもよく遊びに来てくれていたのですが、あるときに収賄か何かの容疑で逮捕されてしまったんです。

– それは大変ですね。

それで、警察の取り調べを受けて、亡くなったんですね。

– 亡くなった。

自分で命を絶ってしまったんです。

– えっ……。

当時は小学生だったので、ただ悲しくてショック、というだけだったんですが、後になって知った話では、連日連夜にわたって激しい取り調べを受けてしまい、それを苦に……ということらしいんですね。

だから、弁護士だったらそういうときに、何か関われることがあったはずではないか、少なくとも町長が死ぬことはなかったんじゃないか、ということを、後になって思い出したんです。法学部に入って司法試験を受けようとしていた頃です。