逆境に追い込まれても、最後まで依頼者の支えになりたい。 / 鈴木 秀二 弁護士


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埼玉県の交通の要所、JR武蔵浦和駅、その脇を南北に走る国道17号線沿いに、レンジャー五領田法律事務所がある。今回は鈴木 秀二先生にお話を伺った。
人一倍の努力を厭わぬ地に足の着いた確実性と、多様なチャレンジに目を向ける好奇心とを兼ね備えた法律家を生んだ原点は、中学生時代に遡るという。

自宅で勉強をする休日

– サーフィンがご趣味なんですね。きっかけは何ですか。

兄の影響ですね。難しいんですが、波の上で立てたときは、最高にいい気分です。

– すごいですね! どのあたりの海ですか。

千葉の九十九里海岸です。

– ご出身は埼玉ということで「海なし県」で…… 海に憧れがおありなんでしょうか。

たぶん、そうなんですよ(笑)

– 休みの日は、サーフィンをして過ごしているんですか。

毎週は、やらないですけどね(笑)

– 休日は、何を過ごしていることが多いですか。

何をしているんでしょうかね……。勉強してるんですかね。勉強が好きなんです。

– ご自宅で勉強してるんですか。

はい。

– 自宅で、こんな快適な学習環境を整えていますとか、そういう話はありますか。

いえ、机さえあれば大丈夫です(笑)

– かつては、どういったお子さんでしたか。何をして遊ぶことが多かったでしょうか。

小学生の頃は、外で遊ぶことが多かったですけど、家でファミコンもやっていましたし、漫画も読んでいましたし、それと、学校でお茶もやっていました。

– お茶…… 小学校で茶道部ですか?

そうなんです。抹茶をたてて。

– ずいぶん渋いですね。

まぁ、入部理由は「お菓子を食べられるから」だったかもしれません(笑)

– ちょっと不純な理由ですね(笑) かわいらしいですが。

そういうところは、当時から頭が働いてたんですよね。

– 中学校にあがってからは、教室ではどんな生徒でしたか。

目立つほうの生徒だったとは思います。あえて目立とうとはしていなかったんですけど。

– それでも自然と目立っていたわけですかね。

学級委員などをやったりもしていました。やりたくはなかったんですけども。

中学時代の「裏切り」と「救い」が原点

鈴木 秀二 弁護士

– 弁護士を目指したきっかけは、どういったところからですか。

ちょっと恥ずかしいんですけど、「最後まで、その人の支えになりたかった」、これが弁護士になりたかった理由です。

– 「支え」という言葉にも、いろんな意味合いがあると思いますが、具体的にはいかがですか。

事件が終わるまで、その人の味方なんだ、という意味ですね。

– こういうふうに、具体的に考えるようになったきっかけは、何かあるんですか。

中学校のころ、ぼくはテストの成績はそんなに悪くなかったんですが、内申点が悪かったんです。

– 学級委員をやっていたのに、内申が悪いんですか。なぜですか。

どうやら、教師たちから相当嫌われていたらしくて、テストで90点ぐらい取った科目でも、内申点が10段階で4だったりするんですよ。学校で、特に問題を起こしたわけでもないのに。

– そんなことあるんですか。謎の低評価ですね。

具体的な理由は、最後まで誰からも教えてもらえなかったのですが、いろんな教科の教師たちが徒党を組んで、ぼくを嫌っていたみたいで……。

それでもひとりだけ、ぼくのことを理解して、応援してくれる先生がいたんです。そのおかげで投げ出さずに受験勉強を続けることができて、高校に入ることができました。

本来、ぼくの内申点では、ほぼ受からないような高校です。それでも、その先生が直接、高校で直談判をして、説得してくれたみたいですね。推薦の試験を受ける資格を取ってきてくれたんです。相当かわいそうに思ってくれたみたいです。


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