不動産ならお任せください。湘南のカジュアル法律事務所 / 久保 豊 弁護士

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鎌倉の観光名所、鶴岡八幡宮の参道脇へ入ったところに、一軒の家屋がある。何も知らずに訪問したとき、この家屋が法律事務所だと気づく人は、きっと少数派だろう。
横浜の法律事務所で不動産案件を中心に修行し、伝統とカジュアルさが統合された鎌倉の街に開業した、久保 豊 弁護士(鎌倉総合法律事務所代表)にお話を伺った。

形から入ることの大切さ

– この事務所は、一軒家で非常に印象的ですよね。築どのくらいですか。

築60年ぐらいらしいですね。もともと、こういうタイプの事務所を作りたかったんです。

– この事務所が入る前は、何に使われていたんですか。

普通の家です。ですから、一般向けの居住用の賃貸で出ていた物件で、大家さんに事情をお話しして、入れてもらったんです。

ここでカフェなどの店舗を開きたいと希望する方は多いようなんですが、「人の出入りが多いのは嫌だ」という理由で、大家さんは断ってきたらしいんです。だけど、「法律事務所ならいいよ」と言ってくれました。

まだまだ法律事務所は、緊張して気軽に入りづらいイメージがあると思いますので、事務所も古民家の中につくって、自分の格好もラフにしてみようと考えたのです。

– 「身近な法律相談」と、弁護士の皆さんはおっしゃいますけれども、久保先生のように「気軽さ」について、形から入ることも、ひとつの重要なアプローチかもしれませんね。近所の方が、フラッと相談しに来たりするんですか。

アポなしで来られる方もいらっしゃいますね。今日もそういうことがありました。

– 法律事務所に、アポなしで来るんですか。

「近くを通りかかったから、とりあえず、パンを持ってきました」とか。

– そんなこと、東京では、ほぼ無さそうですね。

お知り合いの飲食店の店主から、「ケーキ焼いたから、持ってきた」とか。街中では依頼者さんともすれ違ったりするので、お願いされている案件について立ち話をしたりもします。

歩いていると、地元の議員さんに声を掛けられて「○○さんが困ってるらしいから、今度電話させるわ!」と、口頭で事件の紹介を受けたりもします。

– 街の人たち、みんな、顔が見える関係なんですね。

知り合いから、「先生、○○通りにいたでしょ? 見たよ」と、LINEが入ったりもしますね(笑)

– それは、ほっといてもらいたいですね(笑)

いちいち目撃情報が入ってくるんですよ。本当に、村に近い感覚かもしれません。

– 悪いことはできませんね。

そうですね。もちろん、しませんけども(笑)

古都・鎌倉は、大地主が多い

久保 豊 弁護士

– 前にいらした法律事務所はどういったところですか。

横浜にあるのですが、立川・及川法律事務所というところでして、不動産の関連する事件や、法人の破産管財人の案件を多く取り扱っています。

横浜の中でも忙しい事務所として有名で、みんな深夜まで仕事をしているのが当たり前のようなところでした。その代わり、たくさんの経験を積めましたね。

そこの立川 正雄 先生が、ぼくの師匠にあたる方ですが、先の先まで読み通したり、人の気持ちを掴むのが上手い点で尊敬できます。

裁判所よりも講演に招かれて出かけるほうがずっと多いような方で、そのおかげで多くの仕事が舞い込んで、ぼくらが忙しくなってたんでしょうけど(笑)

そのほかにも不動産や建築関係の企業や団体の顧問をされていて、そこで修行をしていたんです。

– 不動産ですと、いろんな法律関係が複雑に絡んで難しそうですね。不動産関係なら全般、経験していらっしゃいますか。

おおよそ全般ですね。建築の瑕疵(欠陥)などの案件も扱いますし、建築に瑕疵があるから請負代金を減額する交渉をしてほしい、といったことで、発注元から依頼を受けて守ったりすることもあります。

– 久保先生は現在、鎌倉あたりの不動産案件を、一手に引き受けてらっしゃるわけですか。

どうですかね(笑) 鎌倉では借地が多いんですよ。

– 「古都鎌倉」のイメージがありますから、古い地主さんが多そうですね。

そうですね。地主さんとも知り合いですし、借地人の方からご依頼を受けて、地主さんと交渉することもあります。

あるいは、地主同士で、土地と土地の境界で争いが生じたりするので、その解決を担当したりします。これは鎌倉に限りません。土地家屋調査士さんから境界絡みの争いを紹介していただくときは、横浜や都内の案件を受け持つことがあります。

ほかにも、不動産業者さんからのご依頼を受けて、葉山町のほうでは、市街化調整区域が多いので、その区域内で建物をどう建てようか、あるいは、競売が好きな業者もあるので、その関連のご相談を受けたりしますね。

– 不動産を、安く買って高く売る業者ですか。

そうです。安く買える物件は、法律的にいろいろとある場合が多いですから、そういう仕事もさせてもらってます。

– 鎌倉で借地が多いのは、何か事情があるんですか。

土地を多く持っていらっしゃるお寺が多いからかもしれません。そこが事業として土地を貸していることがあります。ほかにも、大地主さんが各地にいらっしゃいます。

旅行会社から政治家へ

– 大学はどちらですか。

筑波大学です。じつは、法学部を出てなくてですね。情報文化というものを専攻してまして、ジャーナリズム論や広告文化論とか、そういう講義を受けていました。

なので当時、法律は勉強していないんですが、表現の自由がらみの切り口で、「ジュリスト」のような法律雑誌に目を通すことがありました。

– そして、いったん会社に就職なさったんですね。

旅行会社に就職しました。

– なぜ旅行会社だったんですか。

その前に、オーストラリアにワーキングホリデーに行っていたんですよ。シドニーで旅行会社で働いて、観光客にオペラハウスなどを案内したりしていました。
また、農場を3つぐらい渡り歩いて、働かせてもらっていましたね。トマトとかメロン、スイカやパプリカを収穫したりしていました。

– いいですね。楽しそうですよね!

ただ、まぁ、つらかったですけどね(笑)

– そうなんですか?(笑)

なにしろ、日本の畑とは、広さのケタが違いますので、一日やっただけで腰が痛くなって、大変でしたね。

日本に戻って就職した旅行会社は、海外留学の斡旋を専門にしていると言っていいところなんですが、私立高校からお願いされたり、自治体で姉妹都市へ派遣するかたちだったりで、留学をお手伝いしていました。

ただ、学校の先生もそうですけど、自治体も非常に動きが鈍いところがありまして、「この人たちは、どうしてこんなにやる気が無いんだ?」と、腹が立ちまして……。

それを変えるためには、地方自治に関わるため、政治家になるしかないのかな、と思ったんですよ。

– おおっ! やりますね。

ただ、法学部を出ていないので、社会のルールを知るためには法律を学ぶのが先なのかなと。アメリカとかだと、弁護士になってから政治家になる人がいますよね。

– はい、むしろ一般的なパターンかもしれません。

そうですよね。そういう思いもあって、司法試験を受けようと。これが弁護士を目指した表向きの理由です。

– 役人がやる気がないから弁護士になってやろう、というのが表向きの理由なんですか。

どこか許せなかったんですね。
それと、もうひとつ副次的な理由は、ぼくはそれまで、ちゃんと勉強をしたことがなかったんですね。だから、ちゃんと勉強してみようと。

– 何か後悔があったんですか。

それまで、何かに一生懸命に取り組んだ思い出が何もなかったんですね。

それと、会社で社員の転勤が多いなど、いろんな要因が重なって、司法試験を受けることに決めたわけです。

– そして、めでたく司法試験に合格されて、立川・及川法律事務所に入られたわけですが、師匠である「立川先生のようになろう!」と決意されたのか、「これは無理だ」と思われたのか、どちらですか。

立川先生の良さのなかでも、自分もエッセンスとして採り入れられるところは、がんばって採り入れるようにしているつもりです。

– 人の気持ちを掴むところとか。

ぼくもどちらかというと、交渉のほうが得意で、それに依頼者の方にも、丁寧でわかりやすい説明をしようと、気を遣っているつもりです。

ジーパンで裁判所へ

久保 豊 弁護士

– ご出身はどちらですか。

山形県の鶴岡市です。その中でも田舎のほうです。

– 米どころで有名ですよね。どういったお子さんでしたか。

いい加減で、どっちかというと問題児でしたね。のちに、ちゃんと会社に就職できたことが喜ばれたようなタイプでした。
忘れ物が多くて、教室でも授業を聞かなくて、友達としゃべってばっかりとか。

– 部活は何でしたか。

バスケ部でした。ほとんどバスケしかやってないような時期です。

– バスケだけは、いい加減にやらなかったんですね。

そうです。その頃は練習とか運動ばっかりやっていましたね。

– そこから大学に進学したんですか。

そうなんですが、たぶん、このあたりの都会で暮らしている人たちと、感覚がだいぶ違うと思います。ぼくの親族で大学に進学した人はひとりもいないんですよ。

「いい大学に入って、いい会社に就職しよう」みたいな職業観が育成されづらい環境だったので、当時、最も興味を持っていて、影響を受けていたもののひとつにテレビがありました。それで、マスコミの勉強をしたいと漠然と思ったのがきっかけですね。

両親からは「国立にしなさい」と言われていたので、国立でそういう勉強をできるところが多くなく、ジャーナリズム論を教えている筑波大学を受験して入ることができました。

– この鎌倉で開業しようと思われた理由は、何かありますか。いい環境なのは間違いないですよね。

根が田舎者なので、人が多すぎる横浜は「どこか怖い」ところがありまして、自然がたくさんあるところに暮らしたいと思うようになり、独立の前の年から鎌倉に住んでいました。

葉山で仕事が終わって、車で海沿いを走っているときとかは、「なんていい環境で仕事をさせてもらっているんだろう」と思うこともあります。

また、教育レベルが高いと思われる人が多く住んでいるような印象を受けまして、いい影響を受けられるのではないか、とも感じていましたね。

鎌倉の人たちにも顔を覚えていただいて、街を歩いていれば、声を掛けてもらえたりします。なので、自然と「町弁」になりやすい環境ではあります。

– 街もいいし、人もいい。

ジャケットは着ますが、いつもはジーンズを穿いて仕事をしていて、裁判所へもジーパンで行ったりもします。鎌倉でスーツを着ていると、みんな少し構えちゃう感じもあります。

– 鎌倉に簡易裁判所があるんですか。

そうですし、横浜地裁にもジーンズで行きますよ(笑)

– 他で、このへんで働いている人々も、かなりラフな格好なんでしょうか。

ええ、鎌倉の辺りはIT企業も多いんですよ。「カマコンバレー」といわれるぐらいで、彼らがスーツ着てネクタイ締めてるところなんて見たことありません。

そして、ゆくゆくは、鎌倉や逗子、葉山に、法律サービスを広げていきたいと思っています。早めに弁護士法人化をして、支店を出したいと思っています。

– 故郷の鶴岡に近い感覚ですか。

むしろ、鎌倉のほうが、お互いに顔が見える感覚をおぼえていますね。


久保 豊 弁護士

鎌倉総合法律事務所では、事務所公式のマーク(鎌倉大仏・猫・天秤をモチーフ)をあしらった、コースターやマグカップなどのグッズも作成している。
都市部で経験を積み上げてきた弁護士業務を、鎌倉という街で行う喜びや、地元の人々とのふれあいが感じられるインタビューとなった。弁護士が足りず、馴染みがない地域で法律事務所を開業するにあたっては、モデルケースのひとつとなるに違いない。

久保 豊 弁護士

久保 豊 弁護士
鎌倉総合法律事務所

横浜弁護士会
2008年 弁護士登録

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