相談に来られるときより、お帰りになるときのほうが幸せに。 / 小川 晃司 弁護士


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東京駅にも程近いオフィス街、八丁堀を拠点に活動を続ける小川 晃司 先生(東京桜橋法律事務所)にお話を伺った。
率直な第一印象は、堅くて冗談が通じなさそう…… 取材が困難を極めるのではないかと心配したが、その先入観を良い意味で裏切られるインタビューとなった。

物を作ることが好きだった

– 弁護士になろうと決意したきっかけについて、皆さんにお伺いをしているのですが、小川先生の場合はいかがですか。

これは難しい質問ですねぇ。

– では、子どもの頃、最初になりたいと思った職業は何でしょうか。

職人か、料理人になりたかったんですよ。
昔から、物づくりが好きなんです。料理は今でもやっていますし、家族の中で炊事は私の役割です。それとガーデニングですね。

– 幼少期には、何か作っていらっしゃいました?

絵を描いていましたね。高校時代は美術部に在籍していました。

– 子どもの頃に、絵を褒められた経験があったわけですか。

特別に褒められたことはないですね。小学生のときに、何かの賞に入選したことはあったかもしれませんが、それが絵を描き続けるモチベーションになったわけではありません。純粋に描くのが好きだったんだと思います。

それと、職人といっても、何か特定の作りたい製品があるわけではなくて、理科の実験なんかも好きでしたし、たぶん、物を作りあげていくプロセスが好きだったのかもしれません。

– そこから、弁護士を目指されたわけですか。

そこから直接繋がるわけではないんですが、うちは祖父も父も弁護士という家なんですよ。

– 本当ですか。では、弁護士になるのは、むしろ自然の成り行きなんでしょうね。

うちでは、法学部に行くのが普通(笑) そんな感じですね。

– 大きなアドバンテージかと思いますが、親御さんの仕事ぶりを、ずっと見ていらしたのですか。

事務所へ行ったことはありますよ。でも、法廷で何をやっていたのか、観たことはないので、弁護士という仕事のイメージが明確にあったわけではないです。
父親が交渉や打ち合わせをしている様子なら、眺めていたことはありました。

– その様子を見て、興味が湧くことはなかったんですか。

法学部に入った後も、弁護士になる気はありませんでしたからね。
ただ、「用意されたレールに乗っかるのが嫌だ」という気持ちはありました。そういうのは向いていないだろうと思っていました。

– 物作りがお好きなわけですからね。

ただ、法律学がよくわからないまま、法学部を卒業したくはなかったんです。法律を修得したといえる、何らかの客観的な証が欲しかったんですね。だとしたら、司法試験合格であろうと。

高慢に伸びた鼻は、自分で叩き折れ

小川 晃司 弁護士

– 法律学がわからないまま、法学部を卒業している方々は、世の中に山ほどいらっしゃいますが(笑) 小川先生はそれでは我慢ならなかったわけですね。

そうなんですが、親には司法試験を受けることを、しばらく話さずに、こっそり勉強していたんです。むしろ「司法試験なんか受けない」と公言してました。

就職活動を始めるべき時期が近づいてきた頃に、父から「これからどうするんだ」と尋ねられたとき、初めて話したんです。

– 何と言われましたか。

「そんなら、やんなさい」と(笑) さすがに「やめろ」とは言われませんでしたね。

– こっそり受験勉強は始めていたのに「司法試験は受けない」と家族におっしゃっていたのは、何らかの反発心の表明だったわけですか。

「お前も弁護士になるんだ」と、指図されて弁護士になるのが嫌だったんですね。

– 司法試験に合格なさってから、どういう弁護士になろうと決意されましたか。

多少語弊があるといいますか、口幅ったい言い方かもしれませんが、依頼主の方が「事務所に来る前よりも、幸せになって帰っていただく」ということです。

これが抽象的な意味では、弁護士を始めたときにそうなりたいと思い、今でもそうありたいと思う弁護士像ですね。