法律相談に、明るさとわかりやすさを。 / 大達 一賢 弁護士


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速射砲のごとく弁が立つ 弁護士らしい弁護士。「そんなに早口でしゃべって、よく噛まないね」と、周囲に感心されるという。
依頼して味方に付いてもらえれば、交渉の場できっと頼もしい活躍をしてくださるのだろう…… インタビュー取材中にそのような想像を掻き立てられつつ、今回は、大達 一賢 先生(エジソン法律事務所代表)にお話を伺った。

弁護士への憧れは早かった。だが、学校の成績はよくなかった

– 弁護士になろうと思われたきっかけは何でしょうか。

小学校4年ぐらいの頃に「弁護士」という職業を聞いて、響きがかっこよくて気になっていたんでしょうね。母親に尋ねると「弱い人を助ける」と説明してくれたので、「正義のヒーローみたいなものかな」と自分なりに解釈していました。

– その頃から意識していらっしゃったのは、早いですね。

早いかもしれないですね。母親も「弁護士になるには司法試験に合格しなければならない」ということは知っていたようで、当時、司法試験が難しいという点も含めて説明してくれて、意識し始めました。

裁判に関するニュースやドラマでの法廷シーンなどをテレビで観ているうち、弁護士の仕事に対するイメージを、子どもの頃から漠然とながら抱くようになっていました。

のちに地元の進学校の中高一貫校に通い始めて、周囲は「医者になる」という人がかなり多かったのですが、私はぶれずに弁護士になることを視野に置いていて、公言もしていました。

でも、中学校に入ってから、すごく成績が悪くなってですね。

– 非常にレベルの高い学校だったのでしょうか。

レベルが高いというよりも、ぼく自身がほとんど勉強してなかったんですよ。勉強のやり方がわからなかったんです。学習塾にも通っていましたが、勉強をする場所というより、友達に会える遊び場という認識しかなかったです。

中学3年のときに、別の大手の塾に入り直しました。ぼくは男子校に通っていたので「入塾するとスキー合宿に行けて、女子と知り合えるらしい」と聞いて、釣られたんです(笑) 

そこで全国模試を受けました。いくら成績が良くないといっても、これでも進学校に通ってるんで、全国平均よりは上だろうと思っていました。 ただ、成績表が返ってきて、そこに偏差値「40」って書いてあったんですね。「あれっ、偏差値って何だっけ?」と思いまして(笑) 調べてみたら、どうやら偏差値50が平均らしいと。

そのときに初めて「俺って、ヤバいんだ」と思ったんですが、それでも全然勉強しなかったんですよね。

– どの段階で覚醒したんでしょうか。

高2の冬ですね。その前の夏休み、普段は勉強のことを何も注意しない父親に初めて叱られたんです。「そんなことで、大学受験を乗り切れるのか」「そもそもお前、大学に行かせてもらえると思ってるのか」と、2時間以上説教されました。

うちの学校は進学率がほぼ100%だったので、「えっ、大学に行かせてもらえないの?」とビックリしまして、そこから尻に火が付いたんですね。ただ、勉強のやり方が当初はサッパリわからず、徐々に「こういう感じかな」と掴みはじめたのが、高2の終わり頃です。

– どういうところから受験勉強に着手していったんですか。

英語の成績はそこまで悪くなかったものの、何となくでしか分かっていませんでした。でも、英語の文法を、論理で捉えることを意識しはじめたら、頭にスッと入ってきたんですね。「ああ、こういう基本構造になってるんだ」と理解できれば、応用が利いてくるじゃないですか。

また、その頃、塾の日本史の先生の教え方が、とても自分に相性が合ったこともあり、どんどん成績が伸びていきました。

ただ、大学に入ってから、司法試験の勉強もしなきゃいけないんですけども、大学受験の時の勉強方法がさっぱり通用しなかったこともあって、数え切れないぐらい予備校をサボりました。まるで中学生の頃に逆戻りした感じでしたね。最終的には何とか自分なりの勉強方法を見つけて合格しましたが、今でもまだ合格しない夢を見て目が覚めます(笑)