エンタメ業界人からも厚い信頼を集める、マジシャン町弁 / 小野 智彦 弁護士

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音楽やアニメ、ゲームなど、エンターテインメント分野に詳しい法律家は決して少なくない。だが、自らエンターテイナーとして実演する法律家は、珍しい。

今回は、そんな実演派の「エンタメローヤー」として知られる小野 智彦先生(銀座ウィザード法律事務所)に、インタビュー取材へのご協力をいただくことができた。2007年に話題となった、前代未聞の「マジック裁判」は、どのような流れで生まれたのか。

息子に喜んでほしかった

– 弁護士活動とマジックを掛け合わせようと思われた、きっかけについて教えてください。

ある方からのアドバイスだったんですけどね。芸能事務所の社長です。ジャズピアニストの前田憲男さん、音楽業界ではめちゃくちゃ有名な人なんですが、その方をマネジメントしている事務所の社長から、「せっかく弁護士という肩書きをお持ちなんだから、法律の話をしながら手品をやったらどうですか」と。

それが、弁護士になって10年目ぐらいですね。

– 弁護士になる前から、手品をなさっていたんですね。

小野 智彦 弁護士

マジックのきっかけは、当時2歳だった息子に見せるために始めたんです。普段忙しくて、あまり会えなかったから、自分が好きな楽器を与えたんですが、息子はあまり興味を示さなかったんです。

息子とコミュニケーションを取るのに迷っていた頃、たまたま入ったおもちゃ屋さんに、マジックグッズのコーナーがありまして、おもしろそうだなと眺めていたら、店員さんが近づいてきて「練習、いりませんよ」って言うから、「えっ、いらないの?」と聞き返したんですね。

しかも、1,800円だというから(笑)、「そんなに安くて、こんなに凄いことができるんだ」と感動して、それから始めたわけです。

(小野先生、最初におぼえたというコインマジックを披露。100円玉が、容器の中で消えたり瞬間移動しているかのように見える)

– どうなってるのか、全然わからないです。素晴らしいですね。これを見せたら息子さんが喜んでくれたんですね。

そう、かみさんに見せても喜ぶもんだから、「へぇ~、こんなんでいいんだ」と思いまして(笑) そこから、マジックグッズの大人買いが始まったわけです。

ちょうどその後ぐらいに、プロマジシャンの前田知洋さんがテレビに出てブームになっていたんですよね。たった1組のトランプだけで、2時間番組をもたせるという。それを観て、マジックはこんなに人の心を掴めるんだと思い、それから本格的に練習するようになりました。

だから、前田さんは心の師ですね、マジシャンとしての。今ではおかげさまで、有名なマジシャンとも、ほとんど面識があります。

– マジックが、貴重な縁を繋いでいるんですね。以前、お勤めの事務所では、たとえば巣鴨のお婆ちゃま方にマジックを披露されたりしていたんですよね。

はい、豊島法律事務所ですね。15年勤めていました。

– 居心地がよかったんですね。

そうですね。下町っぽいところが、よかったんでしょうね。散歩していると「先生!」なんて声を掛けてくれますしね。

弁護士なんて「映画に出てくる職業」でしかなかった

– 浜松市のご出身ですね。子どもの頃は、何をして過ごすのが好きでしたか。

とにかく、田舎だったんですよね。うちは、田んぼの中の一軒家でした。

– 当時はそうなんですね。今でこそ政令指定都市ですが。

浜松といっても、天竜川に近い外れのほうでして、田んぼで野球をやったりとか、そういう場所で育ちました。のんびりと、外で遊んでいるか、楽器をいじっているか、どちらかでしたね。

– 当時から音楽がお好きだったのですね。たしかに浜松は楽器で有名なイメージがあります。どういう楽器ですか。

いろいろとやっていました。幼稚園の頃にマーチングドラムをやっていて、それでNHKの「みんなのうた」や、「ひらけポンキッキ」(フジテレビ系列)に出演したりしていました。

– すごいですね。テレビ局も注目する幼稚園ですね。

マーチングバンドは小学4年生まで続けて、小学生の頃はチューバを吹いて、さらに中学、高校ではトロンボーンを吹いていました。

自宅にピアノがあって、それは妹のピアノなんですが、勝手に練習したりもしてました(笑)

リコーダーは、学校でみんなが吹くでしょうが、学校代表でリコーダーコンテストに出たりしていました。

– おぉ、音楽エリートじゃないですか!

そんなことはないですが、今も音楽は続けていますね。いろんな場所に行って、フルートを吹いています。だから、週末は忙しいですよ(笑)

– (笑)週末が忙しい小野先生は、どうして弁護士を目指そうと思われたのですか。

そもそも、うちの家族で大学を出た人がいないんですよ。

それで、せっかく地元の進学校に入れたのだから、大学に進まないという選択肢はなかったんです。私自身は、大学ってピンとこなかったのですが、就職でつぶしの利きそうな法学部に行こうと決めました。

そして、司法試験というものに合格すれば、弁護士とか裁判官とか、映画で登場してくるような職業の人になれるらしいと(笑) それで、司法試験の合格者数が多い中央大学を受験して入ることにしたんです。

新人弁護士時代の喜びと驚き

小野 智彦 弁護士

– そこから見事に弁護士になられて、たとえば新人時代に思い出に残っている出来事などはありますか。

法の華三法行の被害者弁護団に入ったことですかね。この弁護団は最終的に、教団を破産に追い込んで壊滅させたんですが、当時、私は新人弁護士で、被害者の方々から、淡々と語られる話に耳を傾ける役割だったんですね。

そうしているうちに「いやぁ『洗脳』や『催眠』というものの仕組みは凄いな」と感心しましたね。「そりゃ、騙されてしまう」と。

– そこに興味を持たれたんですか。

やっぱり、自分がマジックをやっていたことも重なったんですよね。

– たしかに、マジックは心理学だといいますね。

こんな言い方は変かもしれませんが、法の華が、オウム(真理教)と比べてまだマシだなぁと思うのは、薬物を使わずに洗脳をしたところですね(笑)

– (笑)また凄い話が出てきました。薬物を使わずに行うには、テクニックなどが必要なのでしょうか。

洗脳のテクニックって、いろんなところに使えるんですよ。離婚案件でも、パワハラやモラハラが問題となっている夫婦の関係性を解明してみると、洗脳の技術を使ったりしているんですよね。
それで最終的に、相手の言うことを何でも聞く関係性になってしまうわけです。

– 意識的にせよ、知らずに使っているにせよ、ですね。

ほかに、新人時代には刑事事件で「再度の執行猶予」をとったことがあります。

– それは珍しいですよね。

アイスクリーム1個の窃盗事件ということで、「これは簡単だろう」と思って受任したんですが、甘かったですね。
その青年は大変な家庭環境で育って、5人のきょうだいが全員バラバラで里子に出されて、里親からいじめられ、学校からいじめられ、就職してもいじめられたり、親切にされた人からは宗教に強引に勧誘させられそうになったりと。

– うわぁ、悲惨な半生ですね。

以前にも窃盗事件を起こして執行猶予中の再犯ですから、当時のボス弁に相談しても「実刑に決まってるだろ」とあっさり言われたのですが、同情の余地は大いにあると思いました。

彼はいじめに耐えかねて職場を逃げ出してきて、1週間以上もさまよい歩き、夜の大雨をしのいで、施錠されてなかったビルのオフィスに入りこみ、空腹のあまり、冷蔵庫のアイスクリームを食べてしまったという事例です。

弁護人として、他の4人の兄妹を探し回り、奇跡的に全員と連絡が取れまして、さらに幼少期にお世話になっていたという牧師と、被告人のお兄さんに、情状証人として証言してもらうことにしたのです。5人のきょうだいは20年ぶりに、刑事裁判の法廷で全員集結したんです。

判決公判で、執行猶予の宣言を裁判官から聞いたときは、改めて弁護士になってよかったと思いましたよ。1年後に彼に会ったときは、パン屋の店長になっていて、昼食をごちそうしてもらいましたよ。

法廷マジックショー

– 現在、町弁として、注力していらっしゃる分野はありますか。

離婚・相続・交通事故が多いのですが、独自といえるものとしては、エンターテイナーの皆さんからの法律相談ですね。著作権の問題ですとか、「ネタをパクられた」ですとか(笑)

– 過去に印象に残っているエンタメ系の案件はありますか。

いわゆる「マジック裁判」ですね。芸人の阿曽山大噴火さんが観に来て、著書で採り上げてもらいました。法廷でマジックショーをやったんですよ。

– ああ、500円玉の変造が問題になった裁判ですね。進めていく上で、難しさはありましたか。

民事裁判と刑事裁判、両方を担当したのですが、刑事裁判で「こんなに楽しいマジックのタネを、有罪にするのはおかしい。このマジックを世の中から消し去るのは、マジシャンに対する表現の自由の制約である。よって、憲法違反で無罪だ」と迫ったんですね。

ただ、反応が今ひとつだったので、裁判官にこの主張をわかってもらうには、実際にやって見せるしかないと思いまして、プロマジシャンを法廷に呼んできて手品を実演したんです。そうしたら、裁判官が大喜びで(笑)

それ以降、こちらが取り調べを請求する証拠などを、何でも採用してくれるんですよ。

– マジックの力で裁判官を洗脳したわけですね(笑)

そうそう(笑) 最終弁論を読み上げた後には、傍聴席から拍手が起こって、裁判官も静かにうなずきながら聞いているもんだから、これは無罪を取れるかと思ったんですが、ダメでしたね(笑)

– 他に思い出深い裁判はありますか。

ご存知かもしれませんが、『金色のガッシュ!1』事件の代理人もやっていました。編集者に生原稿を紛失されたということで、作者の雷句誠さんから依頼を受けました。

– 確かに、そういう事件がありましたね。何のツテもなく来られたんですか。

そうです。当時、マジック裁判を担当していたころで、「この弁護士だったら、話を聞いてくれるんじゃないか」と思って、来てくださったようです。

職業は漫画家だというんですが、私は『ガッシュ』を全然知らなくてですね。

– 少年漫画ですからね。

もし、依頼を受けるのであれば、『ガッシュ』という漫画を読まなきゃダメだろうと思い、買って読み始めたんですが、これが面白くてですね(笑)

– じゃあ、受任しようと(笑)

雷句さんが、じつは凄い有名人なのだと後で知りまして、本人に「面白かったです」と伝えたら、残り全巻を送ってくれまして、読破しましたけどね。

ただ、原稿の紛失というけれども、本当は、編集者がポッケの中に入れたんだと思うんですよ。

– 売ってしまったということですか。

ええ、それで雷句さんが怒って、弁償を要求したんですが、出版社からは微々たる金額しか提示されないものだから、裁判を起こしたんですね。

はたして、漫画家の生原稿に、法律上の財産的価値があるのかどうかが争点でした。

– 財産的価値を、どうやって立証するかは難しいですね。おそらく先例もないですよね。

仕方がないから、ネットオークションに出したんですよ。

– えっ。

カラーの生原稿3枚をオークションに出してみて、売上金はチャリティに回しますと。そうしましたら、平均で1枚30万円ぐらいの値が付いたんです。

結果としては、実質的な全面勝訴といっていい和解が成立しました。

– 事件のせいで生原稿がオークションに出て、ファンも喜んでいるでしょうけど、複雑ですね。

銀座は、意外と下町っぽい

小野 智彦 弁護士

– 巣鴨から、この銀座に事務所を構えようと決意したのは、何か理由があったのですか。

独立はちょうど3年前なのですが、もともとは、九段下で友人と一緒に開業しようと思っていたのが、事情があってダメになりまして、そんなときに銀座で不動産屋をやっていた友人から、この場所を紹介してもらったんです。

最初は「えっ、銀座なんて、高くて無理だよ」と遠慮していたんです。でも「そうでもないよ」と言われるし、家賃を見てみたら、意外と大丈夫そうだったので、ここで開業することにしたんです。

それと、銀座に行きつけの音楽バーがあったので、通いやすくなっていいなと思ったのも理由ですね。

– 銀座だと、前の事務所の頃のようには、あまり街で声を掛けられたりしませんよね。

これが、そうでもないんですよ。顔も特徴的だし、もう、悪いことできないですよ(笑)

銀座も下町的なところがあるというのは、私にとっては驚きでしたね。

– 街の歴史は長いでしょうからね。事務所の立ち上げにあたって、苦労なさったことなどはありますか。

苦労は……しなかったかもしれません。結構トントン拍子に進みました。

– これから、若手弁護士の採用や育成について考えたり、取り組んだりしていらっしゃることはありますか。

弁護士登録してから10年間ほど、辰已法律研究所で専任講師を行っていたんです。

– 大手の司法試験予備校ですね。

そこでの教え子で、相当な人数の弁護士がいます。ゆくゆくは彼らとチームを組んで、得意なことを持ち寄りながら、何らかの取り組みをやれたらいいなと考えていますね。

「マジック弁護士」の後継者

– これから、弁護士としてどのような活動を行っていかれるおつもりですか。

ビジョンのようなものはないんですが、私には、欲張りなところがありまして、「みんなに、自分を頼ってほしい」という欲望があるんです。

– その欲望を持つ人は多いでしょうけど、率直に口に出しておっしゃる方は珍しいですね(笑)

(笑)そうなんです。ひとりでも多くの人と友達になり、顔を覚えてもらい、親しみを覚えてほしい、困ったときには「こういう弁護士がいたな」と思い出してもらえるように心がけています。マジックや音楽は、そういう欲望を満たすためにやっているのかもしれません。

コンサート会場に行くと、会場のいろんなところから声を掛けられますからね。

– 人に囲まれる幸せがありますよね。マジックや音楽が、人々から頼りにされるための武器というか、重要なきっかけになっているんですね。

かといって、マジックばかりが一人歩きしても嫌なんですよね。いちおう、弁護士なんですから(笑)

– それはそうですよね(笑) 今後、さらなる差別化を講じられるおつもりですか。

そうですよね。何か他の差別化を考えなきゃいけないと思いますね。弁護士の数ばかり増えてますから、覚えてもらわなきゃいけない(笑)

– ほとんど差別化の完成形のようにも思えますけども、「マジシャン弁護士」として、小野先生の後継者はいらっしゃるのですか。

後継というわけではないですが、そうですね。「法律事務所おかげさま」というところの、外岡潤弁護士ですかね。

– 本当ですか! この後に、たまたま取材させていただくお約束をしています。

彼とも、マジックが縁で繋がったんですよ。マジック裁判の当時、法廷に呼んだプロマジシャンが裁判所まで呼び出してくれて、一緒にご飯を食べたのがきっかけでした。

彼はマジックだけでなく、日本舞踊とかジャグリングとか、津軽三味線とか、いろいろやりますよ。


銀座と巣鴨の依頼者の違いを尋ねると、「銀座のお客さん相手には、相談料を下げなくて済むので助かります」と、冗談交じりに語ってくださった小野先生。

手品や音楽は、たしかに小野先生の武器ではあるが、きっと、最初のフックにすぎない。その率直さと飾らない人柄が決め手となり、多くの人々を惹きつけてやまないのだろう。

銀座ウィザード法律事務所

小野 智彦 弁護士
銀座ウィザード法律事務所

1987年 静岡県立浜松北高校 卒業
1991年 中央大学法学部法律学科 卒業

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