依頼者のどんな法律相談にでも乗れる「強力なオールラウンダー」でありたい。 / 佐久間 明彦 弁護士

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西新宿の一角にそびえ立つ「新宿スクエアタワー」の上層階にオフィスを構える、弁護士法人ALG&Associatesのパートナー弁護士、佐久間 明彦 先生にお話を伺った。
全国展開を始めて、約60名の所属弁護士を抱える大事務所の幹部は、会社員時代に苦汁をなめ続けた過去を持つ。徹底して分析的に仕事を進めながらも、辛い立場に置かれた人への共感を忘れぬ優しさをも窺えるインタビューとなった。

産まれてきたことの苦しみ

– 佐久間先生が担当された案件の中でも、過去に印象に残っているものはありますか。

子どもが亡くなってしまった件ですが、妊婦さんの羊水検査というものがあります。胎児に先天的な障がいがあるかどうかを診断できるというものです。

– 出生前診断ですね。

はい、それで、胎児がダウン症であることを医師が見逃したというんです。ある染色体の本数が2本なのか3本なのかの違いだけなので、簡単に見分けられるはずなんです。なのに「陰性です」と、そのご夫婦に告げてしまって、産んでみたらダウン症だったと。

– そうですか。非常にデリケートな事案ですし、重たいですね。

そのご夫婦は、医師の責任を追及するために、いろんな法律事務所に相談したんだけれども、次々に断られたというんですね。

母体保護法では、そもそも胎児の障がいを理由にした中絶は認められていない、だからダメなんだという理由らしいんだけれども、だからといって、その医師の診断ミスの責任を追及できない理由にはならないと、私は思ったんですね。

「経済的理由」など、母体保護法の根拠に絡めて、ダウン症の胎児が中絶されている社会的な実態があるのは確かなのですが、この件だけは、その実態をスルーして、ダウン症を理由にした中絶は認められていないという、法の建前を理由に受任を断られているんです。

その点はもう少し、弁護士として、夫婦に親身になって相談に乗るべきだと思ったのです。

– この件は、どういう流れになったのですか。

ただ、そのお子さんが運悪く、産まれて3カ月ほどで亡くなってしまったのです。本来は、養育に要する費用として数千万円レベルの賠償を請求すべきところなんです。成人した後も養育しなければならない場合が多いですから。

なのに、死亡という偶然の出来事によって、賠償額が大幅に減らされるのはおかしいという、根本的な疑念があったわけです。

また、その亡くなるまでの3カ月間も、ダウン症に起因した致死の病のせいで、本人は非常に苦しみ抜いて、壮絶な闘病を強いられています。

「だからといって、産まれなかったほうが、中絶されたほうが幸せだったといえるのか?」という意見があるのもわかります。

もちろん、無事に生きられる望みがあるのなら、そのほうがいいだろうけど、実際は産まれてから24時間ずっと、拷問のような苦しみを強いられているわけです。それでも「産まれてきてよかった」と言えるんでしょうか。そんな立場に置かれるのは、誰でも嫌がりますよね。その立場をあえて選択する人はいないはずなんです。

よって、医師の過失を原因として、そのような苦しみを強いられた点を、子どもの「損害」として構成し、その賠償請求権を両親が相続したものとして裁判を起こしました。

判決では、「仮にダウン症が告知されたとしても、中絶を決断するとは限らない」とはされたものの、医師が僅かな注意を払えば防げた過ちであった点や、そのことを通じて両親が相当辛い経験をしたといった点が考慮され、慰謝料のみを認めたものとしては、かなり高額の支払いを命じた判決となりました。

先輩のマネで処理すれば、先輩のミスも引きずる

佐久間明彦 弁護士

– 弁護士を目指そうと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

じつは、もともと裁判官志望でして、裁判官は、やはり最後に決断を下す立場で、さらに自分の判断が結果として残る点に魅力を感じていたんです。結局、志望は叶いませんでしたが(笑)

– 裁判例を作れる立場でもありますね。

なので、弁護士としての就職活動はスタートそのものが遅れまして、入ることができた法律事務所では、少なくとも私にとっては居心地がよくなくて、事情があって続けていくことができませんでした。

でも、そのおかげで今の事務所に入れたので、よかったと思っています。ここには、私と同様、他の事務所から移ってきた弁護士も少なからずいて、そういった方々は、他に移って行かないので、居心地がよいのでしょうね(笑)

– 新しい弁護士の採用や育成については、どのようにお考えですか。

採用については私の担当ではありませんが、育成についてはOJTですね。仮想の事件よりは実際の事件に取り組むほうが、真剣になりますし、そのぶん成長も早いと思います。

最初は新人との共同受任という形を採り、事件処理は基本的に新人に任せて、その都度チェックしたり、問題が発生したらアドバイスしたり、という方針で進めています。

– どういう新人なら、積極的に受け入れたいですか。

過去のパターンに安易に当てはめず、自分の頭で考えることができる人ですね。その事案ごとに真剣に考えて、どうしても迷いが生じるときには尋ねてもらっても構わないのですが。

– 最初から答えを聞いてくる人がいるわけですか。それは、佐久間先生としては物足りないですね。

事件数が増えると、自分で調べる手間を省き、先輩がやっていたことを真似して、マニュアルとかパターン化で処理してしまおうとする人もよく見かけますが、先輩のやり方が全部正しいわけではないんですよ。そうすると、間違いをそのまま引きずってしまうわけです。

基礎を深く突き詰めれば、どんなジャンルの専門家にでもなれる

– 佐久間先生は、幼少期はどういったお子さんでしたか。

引っ込み思案でしたね。国語の授業で、教科書を朗読するじゃないですか。席で起立して、教室のみんなに見られながら読むという、あれが苦手で、順番が回ってきても、突っ立ったまま何もしゃべれなくなるという。

– 意外ですね。

両親が学校の教師だったので、家で特訓したこともありました。
幼稚園に行くのも嫌で、門の前まで祖母に手を引っ張られたりしてました。

– でも、引っ込み思案も、ずっと続いたわけではないですよね。

小学校の中学年ぐらいになって、友達と積極的に遊ぶようになってから、内向的な性格も治ってきたように思います。

出身は福島県の郡山で、塾なんてほとんど無かったんです。あるとしても、そろばん塾か書道ぐらいで。田舎の子供は、ほとんど勉強なんてせずに、野球とか缶蹴りをして遊んでいましたね。

– 大学へ進むときに上京されたんですか。

進んだのは東北大学なので、仙台へ行きました。学部は工学部で、大学院まで行きました。理系に進んだのも、そんなに確固たる理由があるわけではなく、就職活動に有利で、兄も理系に進んだからという動機でした。

理系科目も文系科目も、特にどっちが苦手で、どっちが特別得意だということもなく、それが今の仕事に繋がっているように思います。離婚や相続だけでなく、医療関係・労働関係等の案件も多く扱いますし、特定のジャンルに限定することなく、幅広くやっている感じです。

– これだけ多くの弁護士が所属する法律事務所だと、当然、専門特化しているものと思っていましたが、そうとは限らないのですね。

私は「何でも屋」が性に合っていると思います。たとえ初めてのジャンルの案件でも、最初、徹底的に追究して、根本まで突き詰めて調べていって、基礎知識を固めて、積み上げていけば、エキスパートになる道も開けると思うんです。

どんなことでも、徹底して突き詰めれば、スペシャル化できると思っているんです。

– すごいですね! 調べるのがお好きなんでしょうか。

好きなのもありますが、そうしないと、相手方からナメられることがあるので(笑)

医療訴訟は、この事務所に来て初めて担当したんですが、2回目の裁判のとき、かなりの高額で、早い段階で保険会社との和解が成立したんです。

そのとき担当の裁判官から「先生が緻密に訴状を書いてくれたので、これだけ早く和解が成立しました」と言って、喜んでもらえたことがあります。裁判所は、事件が早期に終わったほうが助かりますからね。そのとき、相手方の弁護士からも「医療訴訟はかなり経験されているんですか」と尋ねられて、自信を付けたことがありました。

苦汁をなめた会社員時代の経験が、今に生きる

佐久間明彦 弁護士

– 工学部の大学院を修了してから、法律家を志すまでには、どのような経緯があったのですか。

大学院を出てから、民間企業を3社、転々としました。最初はたとえば、コンピュータ基板の洗浄や検査機械の設計を担当していたのですが、なかなか自分の力を発揮できず、モヤモヤしていたんですね。

そんなとき、会議でみんなを説き伏せるような存在感というか、説得力を持つ人がいて、「こんなふうになりたいな」と思ったんです。言葉の説得力を増す自己啓発書のような本を読んだり、セミナーに参加したりしているうちに、装置を詳しく知ろうとせずにあさっての方向に行こうとしているのを、上司から「いったいおまえは何をやりたいんだ」と嫌味を言われたりしていました。

転職した次の2社でも、同じように自分の力を発揮できている実感を得ることができず、そんなときに、司法試験のことを知って、予備校に入って講義を聴講しているうちに「この試験に通って、法律家になれば、力を発揮できるかもしれない。将来の可能性が変わるかもしれない」とは思いましたね。

– 弁護士になられる前、3つの会社を転々としたときに、社内で苦汁をなめた経験が、現在にも生きていると思われますか。

そうですね。同じ仕事をしているのに待遇で差別的な扱いを受けたり、不当解雇されたりした労働案件について相談を受けたりするんですが、気持ちは身に沁みてわかりますね。

私も会社に勤めていて、辛い思いを味わっていた頃、労働組合に相談したことがありましたが、完全に会社寄りの御用組合だったので、ほとんど門前払いのような状態でした。

想像ではなく、体験に照らし合わせて、依頼者の悩みや辛さに共感することはありますね。

– これから、この弁護士という資格を通じて、さらにどのような展開を起こしていこうとか、ビジョンのようなものはお持ちですか。

難しいですが、私はこの弁護士という職業は、いわば天に導かれたおかげで就けたと思っているんです。書面で主張を展開したり、口頭で意見を述べていくのは好きですし、得意だとも思っているんです。

自分の能力を最大限に発揮できるのは、幸せなことだと思います。

地味ではあるかもしれませんが、個別の事件ごとに、能力を発揮して、誰かのお役に立つということを続けていくことが大切だと実感しています。


インタビューを終えて、ご家族や海外旅行の話をするときは、頬を緩ませて楽しそうに語る佐久間弁護士の表情が印象的だった。

一見すると無機質で、訪問者を威圧しているようにも思える都心の高層ビルの法律事務所にも、ふとした素朴さや温かさを感じ取ることができた。

弁護士法人ALG&Associates

佐久間 明彦 弁護士
弁護士法人ALG&Associates

東京弁護士会
1989年 東北大学工学部材料物性学科卒業
1991年 同大学院工学研究科博士前期課程修了

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