個人情報に過剰反応せず、正しい知識を。 / 情報法学のトップランナー・岡村 久道 弁護士


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弁護士の中には、現行法の課題や改正の必要性などについて研究し、成果をまとめて発表したり、ときには官公庁の関連組織から招聘されて、新たな法制度づくりに関与したりする、いわば「学究肌」の方も少数ながら存在する。
2005年に発表された著書が80万部を超える大ベストセラーとなった、「学究肌弁護士」の代表格が大阪にいらっしゃる。「弁護士ジャパン」は、岡村 久道 先生(弁護士法人英知法律事務所)が東京に出張中のところ、ご宿泊先を訪問させていただき、お話を伺うことに成功した。

法的に厄介な「インターネット」に興味を抱く

– 過去に様々なメディアで出ている岡村先生のインタビュー記事などを読ませていただいたのですが、ご自分の生い立ちなどについては、あまりお話しになったことはないようですね。

そうですね。一応、プライバシー情報というか、個人情報なので(笑)

– (笑)もともと、コンピュータに関心がおありだったのですか。

ええ、以前、自宅のパソコンは自作をしていたぐらいですね。パソコンの黎明期に、最初に買ったのは、PC-9801シリーズの初期モデルで、フロッピーディスクが5インチで、CPUが8086の時代です。

– だいぶ昔ですね。懐かしいですね。

たしか、クロック数は5MHzとか7MHzとか、現代のスマホのほうが、よほど高性能ですからね。

– プログラムを組んだりなさっていたのですか。

それは少しだけで、むしろ海外のパソコンを直輸入して組み立てたり、どちらかというと、ハードのほうが好きでした。

– 弁護士になろうとお考えになった、きっかけについて聞かせていただけますか。

実家が小さな会社を経営していて、おそらく一般的な就職をするよりも、いずれは跡を継がなければならないのだろうと、学生の頃に考えていました。ですから、大企業に就職することは考えていませんでした。

とはいえ、どちらかというと、法律の実務家というよりは、学者のほうを志向していたのですが、当時お世話になっていた恩師が定年退官することになって、学者の道に進むことに迷いが生じて、取り敢えず司法試験組に入ったという経緯ですね。

– 取り敢えずですか……!

こんなことを言うと、弁護士として一生懸命やっている人たちに申し訳ありませんが(笑) 今は、学者のまねごとのようなことをやっていますけれどもね。もしかすると、弁護士にも、学者にもならず、実家の小さ会社を継いで社長をしていたかもしれません。人の運命なんて分からないものです。

– 弁護士になられた後は、もともと関心をお持ちのコンピュータなどの案件に、積極的に取り組みたいという思いがあったのですか。

イソ弁として最初に入った事務所は、企業法務が多かったのですが、国内の大手電器メーカーの製品が、アメリカで著作権侵害として、税関で止められたという事件がありました。

「お前、少しはコンピュータのこと、わかるだろう」と、先輩に言われて、できる限りで手伝わされた。それがコンピュータの法律問題に関わったきっかけですね。

– 当初は学者志向であったとしても、法律の実務に就かれて、現場の興味深さを感じたことはありますか。

そうですね。イソ弁や独立当初の時期は弁護士として「何でも屋」でして、交通事故の損害賠償事件、離婚事件もやれば、独禁法違反事件も担当する。その一方、コンピュータの分野では「プログラムの著作権」をどう扱うのかが問題となっていました。

1980年代から90年の初頭にかけて、パソコン通信が普及しましたが、後にインターネットが民間開放される時代となり、そうなると、著作権など知的財産権といったものもあれば、今でいうネット犯罪や誹謗中傷事件とかも発生するようになって、いわば「ごった煮」の状態になっていったわけです。

迷惑メールやサイバーポルノの問題など、様々な問題が複雑に絡んでくるものだから、従来の知的財産権の専門家は、距離を置いてしまうわけですね。

– もはや、得体の知れないものであると。

インターネットについては、得体が知れない事件が出てくるから、知的財産権の問題でもないのでひいてしまうわけですよ。
もともと著作権法なんて、何十年もかけて増改築を繰り返して、複雑な状態になっている。まして、インターネットの新しい課題について、ほとんどの法律関係者がマトモに向き合おうとしない。だけど、私はむしろ、そういう厄介なインターネットは興味深いと感じていましたね。