全国から相談が舞い込む、「ペット問題」に精通する法律家 / 渋谷 寛 弁護士


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東京メトロ・新宿御苑駅から程近くに、他の弁護士がなかなか着手しない独特の法律問題について、約20年間にわたって注力する法律事務所がある。
今回は、渋谷法律事務所渋谷寛先生に、「ペットに関する法律問題」を扱う弁護士としてのやり甲斐と難しさについて、お話を伺った。

「患者」が言葉を話せない、獣医療過誤という特殊な課題

– ペットに関する法律問題に注力なさるようになる きっかけは何でしょうか。

今から約20年ほど前に、「ペット法学会」というものが発足しまして、ペットブームが高まっていけば、ペットにまつわる法律問題も増えるに違いないと考え、学会に関わるようになったことがきっかけです。

– ただ、この分野に詳しい弁護士さんは、珍しいように思います。

そうですね。ペットに関して法律上の争いになるとしても、数十万円単位の額で収まるケースが多く、他の弁護士があまり手をつけたがらないとしても仕方ないと思います。

ただ、この問題で悲しんでいる方、悩んでいらっしゃる飼い主も多いので、誰かが解決に向けて介入しなければならないと考えています。

– 具体的にどのような問題があるのでしょうか。

たとえば、犬の散歩中に、通行人に噛みついたり、他の犬とケンカをしてケガを負わせたりとか、ちょっかいを出してきた子どもに噛みついたり、そういう噛みつき事件は昔から多くあります。「咬傷事件」といいます。

ここのところ増えてきたのが、動物病院にかかったペットが亡くなるという事件です。たとえば、簡単だと説明を受けた手術をした後すぐに死んでしまうなどで、飼い主が動物病院を訴えるわけです。

– ペットの医療事故のようなことですか。

はい、「獣医療過誤」といいます。
ペットが糖尿病にかかってしまいインスリンを射たなければならないのに、獣医師がそのタイミングを逸して、ペットが亡くなる場合もあります。

– 人間とほぼ同じような治療になるのでしょうか。

うかつに「犬や猫も人間と同じ治療法です」と言ってしまうと、獣医師の皆さんに怒られてしまうかもしれませんが(笑) 病気の種類などは似てますよね。

– 人間の患者に対する治療ほど慎重に行わない獣医師も、一部にいるのでしょうか。

ただ、人間を治療する医学も発展途上なんですよね。本当はインフルエンザなのに、ある医師は風邪だと診断する場合もあるでしょう。

また、動物は言葉を話せないので「苦しい」「ここが痛い」などと獣医師に伝えられません。その難しさもあります。ほぼ手探り状態で、触診、血液検査やレントゲンなどで症状を見極めなければなりません。

また、薬を大量に出して、その副作用でかえって症状が重くなったり亡くなったりしてしまうこともあるようです。

– 獣医師による医療は、設備などがあまり整っていない問題もあるのでしょうか。

大きな大学病院、獣医学部があるような大学では、検査項目も多いですし、おおむね進歩したペット医療を行っているところが多いと思います。

ただ、町医者のような動物病院では、設備に限界があり、大学病院に匹敵するような充実した検査や治療を実施できていないところがあるのではないでしょうか。

– 人間の医療過誤ですと、業務上過失致死傷罪など、刑事事件にも発展しかねませんが、ペットの医療過誤の場合はいかがでしょうか。

医療行為でペットを負傷させたり死亡させたりすれば、器物損壊罪の問題になりますが、これは過失を処罰しません。よって、ペット医療過誤は、民事のみの問題となります。

ただ、裁判には時間も費用もかかります。ほとんどの飼い主の皆さんは、訴訟など起こさずに諦めてしまわれます。

東京地裁の医療集中部で、ペット医療過誤を審理

– ペットの法律問題に20年以上かかわってこられて、ほかに何か印象に残っていらっしゃる案件はありますか。

先程も申し上げましたが、糖尿病にかかった犬を診てもらおうと、かかりつけの動物病院に行ったけれども、その獣医師はインスリンを射つなどの適切な治療を行わなかったために、犬が危篤状態になったんですね。

それで急遽、別の動物病院でインスリンを射ってもらったんですが、すでに手遅れで、2日ほどで死んでしまったという件です。

子どものいない夫婦が結婚10年目の記念にと飼いはじめた犬で、この犬の10歳の誕生日に、そういうことが起きてしまいました。

– わが子同然のペットの死ですから、怒りや悲しみも相当なものでしょうね。

私が代理人を務めて、裁判に持ち込んだのですが、440万円の請求をして、勝訴はしたのですが、賠償額として認められたのが80万円でした。そのうち、精神的苦痛の慰謝料にあたるのが60万円でした。夫婦30万円ずつという認定です。残り20万円が、支払った治療費の返還という意味合いです。

人間に対する医療過誤の慰謝料とは、大幅な開きがあり、けた違いに少ないですね。

しかも、この程度の獣医療過誤では、行政処分にならないんですよ。つまり、獣医師免許の剥奪や業務停止などのペナルティまでは課されなかったのです。その動物病院も業務停止の処分は受けず業務を続けていたようです。

東京地裁には医療集中部(民事34部など)があり、もちろん人間の医療ミスなどを扱うのですが、この事件はペット医療トラブルで初めて医療集中部で審理され、2004年に判決が出ています。

また、この件はニュース番組などマスコミにも取り上げてもらって、「ペットが被害に遭ったら、獣医を訴えていいんだ」「泣き寝入りしなくてもいいんだ」と、世間に広く知ってもらえるきっかけになりましたね。

この判決を機に、ペットの飼い主が動物病院を訴えるケースが増えたようです。

さらに、動物病院側も、訴訟の防御として、しっかりした弁護士を付けるようになっているので、たとえペットの治療で損害があったとしても、必ずしも飼い主側が勝てるという状況でもなくなっています。