先輩法律家が獲得した恩恵は、依頼人の利益のために還元すべきである。 / 北古賀 康博 弁護士


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福岡市営地下鉄空港線・赤坂駅から程近く、交通至便で大きな交差点の一角では、経験豊富なベテラン弁護士の経営する法律事務所が、多くの相談者を出迎えている。

今回は、北古賀法律事務所北古賀康博先生にお話を伺った。物腰柔らかな雰囲気からは想像しがたい、世の中の理不尽と強気に戦う一面も垣間見えるインタビューとなった。

「権力志向が強い」と指摘された若手時代

– 弁護士になろうと思われたきっかけについて教えていただけますか。

最初は検察官を目指していまして、そのために司法試験を受験しました。ですが、修習が進むにつれて、いろんな方々と接してお話を伺って、自分は組織内で働くことに向いていないのではないか、と感じるようになったわけです。

– それはどういった点からですか。

もし、あのまま検事になったら、偉そうな態度の検事になっていた可能性が高かったと思うからです。

– 北古賀先生の実際の印象からは、そう思えないですけれども。

修習生の当時、法律家の先輩からも「北古賀くんには権力志向を感じる」と指摘されたことがあって、そのときは自覚していなかったのですが、今にして若い頃を振り返れば、その方がおっしゃるとおりだなと思っています。おそらく、権力を振りかざすタイプになりかねないとのご指摘だったと思います。

弁護士になって、まずは、企業法務や渉外が強い東京の法律事務所で3年ほど勤めました。この頃に法廷に立った経験は数えるほどしかありませんでした。
そこから福岡に戻って、共同事務所のパートナーにさせて頂きました。こちらでは一般民事が多いものですから、正直言って、3年遅れでスタートするような感覚がありました。その後、鴻和法律事務所の設立となりました。

– 鴻和法律事務所にいらっしゃったんですか。九州でも最大手の事務所のひとつですよね。

はい、鴻和法律事務所の設立メンバーのひとりでして、主に消費者問題、建築関係などの一般民事を取り扱っていました。

– そうだったのですね。消費者問題とは、具体的にはどういうものでしたか。

当時は日栄や商工ファンドなどの商工ローンやヤミ金が隆盛を極めていまして、その交渉や裁判などを受任したり、ほかは特定商取引法などの案件を扱ったりしていました。

「たとえ負け続けても、誰かがやらなければならない」「いつか潮目が変わると信じて、たゆまぬ努力を続ける」「社会政策的な側面もある」……それが消費者事件だと教わったように思います。

商工ローンやヤミ金の案件を担当していたころは、容赦ない取り立てをする、ひどい金貸しに対する敵討ちのように考えていました。

人は、お金に追われると精神的に非常につらくなります。逆に真面目な人ほど、非常に精神的に追い詰められてしまいます。なので、その状況でもお金を貸してくれる人には感謝するのですが、その人から厳しい取り立てを受ければ、裏切られたような心理になり、ますます絶望へと追い込まれ、その裏で利息が雪だるま式に膨らんでいくんです。しかも、過酷な取り立てに遭う。その結果、自ら死を選んでしまうこともあります。

特に、ヤミ金に電話するときは、最初は、丁寧に話をしようと務めていましたが、理不尽なことを言われて、相手方がけんか腰になるので、そのうち、「貴様、出てこい」、「お前ら、俺ば弁護士と思ってナメとろうが!」と怒号での遣り取りになってしまったりしました。ヤミ金に電話していて、「弁護士は関係ない。本人のところに行く」と言われて電話を切られたので、何度も執拗に電話していたら、着信拒否になってしまったこともありました。警察の協力を要請したりしましたが、ヤミ金との遣り取りはとても品が良かったとは言えません。今ですと、そんなことはできません(笑)

– そのあたりの厳格な追い込み方も、検事を目指されていた頃の片鱗が見えるようですね(笑)

検事さんもそのような乱暴な物言いはしないと思います。私にもそんな時代はありまして、その延長上で過払金の返還請求にも取り組んでいました。最初は、過払金請求などできるとも思っておらず、他の弁護士から知恵を借りながら、裁判所に法理論だけでなく、多重債務者の追い込まれた状況を訴えて、過払金が生活再生の方法などと訴えたりしました。

ただ、平成18年の最高裁判決が出て以来、潮目が変わってしまいましたよね。まるで、自分たちの商売道具のように過払い金返還請求を使う弁護士が増えるようになって、裁判所も過払金請求に対する見方が変わってしまったように思いますし、弁護士の商売道具のような感覚で仕事をするように思われるのも本意でなく、モチベーションがだいぶ下がってしまったのは確かです。